• facebook
  • twitter
  • LINE
  • hatena
2023.07.28

幼少期の逆境の影響は無効化できる? 690人を30年以上追跡してわかったこと

親は子どもに幸せな人生を送ってほしいと願うもの。では、人生を幸せにするうえで必要なこととは、いったい何なのでしょうか。
2000人以上の人生を84年かけて調査した「ハーバード成人発達研究」を基に、幸福の秘訣を解き明かした話題の書籍『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』から、「幼少期の経験と人生の幸福度の関連」についてご紹介します。

  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • LINELINE
  • hatenahatena

幼少期の経験と人生の幸福度の関係

1955年、発達心理学者のエミー・ワーナーは、子ども時代のつらい経験がもつ意味をより深く理解するため、子どもが生まれたその日から成人期以降まで追跡する縦断研究をハワイのカウアイ島で開始した。

調査対象となった家族の多くは、ハーバード成人発達研究の開始時にボストンに住んでいた移民家族と同じく、苦しい生活を送っていた。ワーナーはこう書いている。

(被験者たちは)東南アジアや欧州からハワイに移住し、サトウキビのプランテーションで働いていた人々の子どもや孫である。被験者の約半数は、父親が半熟練または非熟練労働者で、母親の教育期間は八年未満であった。(中略)(彼らは)日本人、フィリピン人、ハワイ人、混血ハワイ人、ポルトガル人、プエルトリコ人、中国人、韓国人、そして少数のアングロサクソン系白人である。

この研究について特筆すべきは、被験者をこの年にカウアイ島で生まれた子どもの一部に限定せず、690人全員を、30年以上追跡調査した点だ。

ワーナーは被験者の幼少期、青年期、成人期のデータを分析し、子ども時代の困難な経験とその後の人生の幸福度との明らかな関連性を示すことに成功した。出生時に何らかの新生児合併症を患った人、養育者の世話が不足していた人、虐待を受けた人は、精神的健康障害を抱えたり学習障害を発症したりする確率が高かった。幼少期の経験は、たしかに重要だった

幼少期の逆境の影響は無効化できる

しかし、ワーナーは希望も見出した。

子ども時代に逆境を体験した人の3分の1は、気配りができ、親切で、情緒的に安定した大人に成長していた。ワーナーは、彼らが逆境を乗り越えられた理由をいくつか挙げている。

逆境がもたらす影響力を無効化し、子どもを守ってくれる要因がいくつかあった。

主な要因の1つは、いつもそばにいてケアしてくれる大人が少なくとも1人はいた、という点だ。子どもを気にかけ、いつでも手を差し伸べ、幸せを心から願い、助けようとする大人が1人でもいれば、その子の発達や将来の人間関係にポジティブな影響を与える。逆境にもかかわらず幸せになった子どもの何人かは、とくにこうした支えに頼ることができたようだった。

ハーバード成人発達研究の成人の被験者の場合も、逆境を認識し、包み隠さず語ることができた人は、ワーナーの研究の被験者と同じく他者の支えを引き出せていたようだ。

自分の経験を隠さず率直に話せば、周りの人から助けてもらうチャンスにつながる。困難を無視しようとせず、むしろ自分から認めて対処しようとする能力は、子ども時代もそれ以降も支えを引き出すうえで重要な役割を果たしているようだ。

ニール・マッカーシーの人生は、このしくみの作用や、家族をめぐる体験──良きにつけ悪しきにつけ──がどのようにして幸せへの足がかりとなるのかを見事に示している。

非行に走らずに済んだのは「悪い友達とつるまなかったから」

1942年11月のある寒い土曜日の午後、本研究の調査員がボストンのウエストエンドにあるニール・マッカーシーの家族が暮らす自宅を初めて訪れた。

ニールの記録ファイルの最初のページをめくると、調査員が記したこの日のメモがある。3部屋のアパートは活気にあふれ、賑やかだった。家事をしながらふざけ合っていた6人の子どもたちは、キッチンテーブルの前に座っている見知らぬ訪問者に挨拶をした。シャツにネクタイ姿の調査員だ。子どもの1人はたまった皿を洗っていた。ニールはいちばん下の妹に靴ひもの結び方を教えていた。彼は14歳だった。

1930年代後半から40年代前半にかけて、研究チームは第1世代の被験者の自宅をこんなふうに訪問し、家族の生活を調査した。

親の厳しさや優しさはどのくらいか? どんな寄り添い方をしているのか? どんな関わり方をしているのか? 親は子どもに対して常にポジティブな心の絆を維持しているのか、それとも距離をおいていて、ときどき注意を向ける程度なのか? 諍い(いさかい)の多い家族か? つまり、子どもたちをどのくらいあたたかく支える家庭環境なのかを調べていた。

ニールの両親はどちらもアイルランドで生まれ、ニールが生まれる数ヵ月前に米国に移住した。

本研究の初めての訪問調査では、ニールの母親のメアリーが調査員のためにお茶を入れ、キッチンテーブルに着き、家族の歴史を尋ねる質問に答えた。ときどき子どもがやってきて、家事の手伝いが終わったと知らせたり、友人と遊びに出かけてもいいか、と訊いたりした。「子どもたちはみな、母親を尊敬している」と調査員は書いている。

「メアリーは優しくて温厚な人物で、子どもたちの中心になっている。母と子は互いにあたたかい愛情をもって接している。メアリーはとりわけニールを誇りに思っていた。とてもいい子で手がかからないからだ」

ボストン都心部の被験者の多くと同様、ニールも幼いうちから働き始めた。10歳で食料品と新聞の配達を始め、日曜日には町の反対側にある「窓にレースカーテンがかかっている」裕福なアイルランド人地区に行き、礼拝を終えて教会から出てくる人たちの靴を磨いた。

大人になったニールは当時を振り返り、稼ぎのほとんどは家計を助けるために母親に渡していたと語った。「いつも4ドルほど渡していましたね。母はとても喜んでくれました。でも、僕が帽子の中に1ドル取っておいたのは知らなかったはずですよ」。

午後なるとたいていはボウリング場に行って倒れたピンを立てる手伝いをし、報酬をもらう代わりに無料で遊ばせてもらった。

母親は、ニールが付き合う友達にはとくに気をつけていた。調査員がニールに、この地区の同世代の子はみな非行に走るのに、君がそうならないのはなぜだと思うか、と尋ねると、「悪い友達とつるまないからだよ」と答えた。

港湾労働者だった父親も、子どもたちから尊敬されていた。優しくて頼りになる父親だった。だが、母親が家を切り回していたのは明らかだった。

幼少期の家族体験は、生涯にわたり影響し続けるのか

本研究では、大勢の被験者をサンプルにして、幼少期の経験が成人後の人生に与える影響を調べたが、ニールもその1人だった。

研究チームが知りたかったのは、「幼少期の家族体験は、生涯にわたり影響し続けるのか」ということだ。初訪問から詳細なメモをとり、評価を記録することで、被験者の子ども時代の家族環境を把握することができた。

ニールの場合、家庭環境は非常に良好に見えた。両親は子どもたちに愛情を注ぎ、積極的に関わり、裏表がなく、自主性を尊重していた。ニールの家庭環境は全体としてあたたかく、結束力があると評価された。

ではここで、60年後の記録に目を向けてみよう。研究チームは70代、80代になった被験者を自宅に訪ね、対面調査を行った。訪問時には、とくにパートナーとの絆の強さに注目した。被験者は愛情のあるふるまいを見せているか? 自然に支えを求め、与え合っているか? パートナーを大切にしているかどうか? 被験者の回答をそのまま受け取るのではなく、内容の信憑性や一貫性も考慮した。

ニールと妻のゲイルの対面調査を行うと、2人が愛情でしっかりと結ばれているのがすぐにわかった

夫婦関係について1人ずつ個別に質問したときも、2人が選んだ言葉は驚くほど似ていた。ニールは仲よし、話し好き、優しい、愛情深い、心地よいと答えた。ゲイルは優しい、隠し事がない、寛大、理解がある、愛情深いと答えた。そして、2人は対面調査の中で、こうした表現をしっかりと裏付ける実例をたくさん挙げた。

当時、ゲイルは数年前からパーキンソン病を患っており、身体の自由がどんどん利かなくなっていた。2人はニールが共同設立した会計事務所があるワシントン州シアトルに住んでいた。ニールは働き方を変え、クライアントの数を絞って仕事量を減らし、自分の世話をしてくれている、とゲイルは話した。ニールは妻の好きな料理のつくり方を学び、家事もすべて担当していた。

だがゲイルは、ニールに趣味のバードウォッチングだけは続けてほしいと言い張り、ニールが出かけるときには「私の分まで素敵な鳥を見つけてね!」と言って送り出した。

「私、ウグイスにはとても詳しくなったのよ」と彼女は研究チームに語った。

本研究は被験者たちの人生の端から端までを調査対象にしている。研究チームは幼少期と晩年の関連性を探るため、両端のデータ──最初と最後──に目をつけた。

60年以上という時を経ても関連性は見出せるのか? 研究チームにも確信はなかった。しかし、仮説は正しいと証明された。ニールのように、幼少期に仲がよくあたたかい家庭で育った被験者のほうが、60年後もパートナーと絆を結び、互いに支え合う傾向が見られた

60年を隔てた関連性は極めて強いとはいえなかったが、被験者の子ども時代が、まるで数十年をつなぐ長く細い糸のように、成人後の人生を静かに牽引していたのは明らかだった。

感情のコントロール法は、いくつになっても身につけられる

この関連性から、非常に重要な疑問が浮かんできた。いったいどんなしくみが働いているのか? 子ども時代の生活の質は、成人後の人生に具体的にどのように影響しているのか?

エミー・ワーナーの研究やハーバード成人発達研究、そしてさまざまな文化や集団を対象にした縦断研究の成果を集約すると、子ども時代の経験と成人後のポジティブな人間関係については、感情を処理する能力に決定的なつながりが見い出せた

人は幼少期の人間関係──とくに家族との関係──から、他者に何を期待するかを初めて学ぶ。このとき人は、いわゆる心の習慣を発達させ始める。生涯にわたり作用する習慣だ。心の習慣は、他者と絆を結ぶ方法や、支え合う関係に他人を引き込む能力を決定づけることが多い。

ここで1つ非常に重要なのは、感情を処理する能力は伸ばすことができるという点だ。実際、人は年をとるほど感情のコントロールが上達する。そして、晩年にならないと上達しないわけではないというたしかな証拠もある。適切な指導と練習を行えば、何歳であっても感情のコントロールを上達させることはできる

幼少期の経験と成人後の人生との結びつきは、絶対に変えられないほど強くはない。成人後のどんな経験にも、人を変える力がある。

例えば、本研究の被験者にも、あたたかく愛情に満ちた子ども時代を過ごしながら、のちにつらい経験をしたせいで人間関係への対処のしかたが変わってしまった人もいる。また、子ども時代は苦労をしたが、のちの経験を通じて人を信じ、絆を結ぶ方法を学んだ被験者もいる。

この点で、ニールのケースはとりわけ興味深く、勇気を与えてくれる。なぜなら、幼い頃の家族環境は被験者のなかでも際立って良好だったが、長続きしなかったからだ。研究チームによる初訪問調査の直後にマッカーシー家の状況は一変した。その後の数年間、ニールは子どもの頃に身につけた前向きな心を試されることになった。

続きは『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』にてお読みください。

※本記事は、『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(&books/辰巳出版)の本文を出版社の許可を得て、一部編集を加え、転載しております。

子育てのお悩みを
専門家にオンライン相談できます!

「記事を読んでも悩みが解決しない」「もっと詳しく知りたい」という方は、子育ての専門家に直接相談してみませんか?『ソクたま相談室』には実績豊富な専門家が約150名在籍。きっとあなたにぴったりの専門家が見つかるはずです。

子育てに役立つ情報をプレゼント♪

ソクたま公式LINEでは、専門家監修記事など役立つ最新情報を配信しています。今なら、友だち登録した方全員に『子どもの才能を伸ばす声掛け変換表』をプレゼント中!

\ SNSでシェアしよう /

  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • LINELINE
  • hatenahatena

ソクたま公式SNS