いじめも自殺も増加する小学校で始まった「メンタルヘルス予防教育」とは
いじめや不登校、自殺など、小学生にまつわる心の問題は、年々、深刻さを増しています。そんな中、京都府を中心とした全国の小中学校で始められたのがメンタルヘルス予防教育プログラム「こころあっぷタイム」です。
小学~高校で最もいじめが多い学年とは
2022年10月に文科省が公表した「R3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、小学校のいじめ、不登校、自殺の認知件数が過去10年間のうちで最も多いことが分かりました。
いじめの認知件数は小学2年生が最も多い
いじめの認知件数を学年別に見てみると、最も多いのが小学2年生で10万件を超えています。
令和元年度 | 令和2年度 | 令和3年度 | |
---|---|---|---|
小学1年生 | 8万7759 | 8万1787 | 9万6142 |
小学2年生 | 9万6416 | 8万4354 | 10万976 |
小学3年生 | 9万1981 | 7万8629 | 9万4781 |
小学4年生 | 8万2883 | 7万1385 | 8万4125 |
小学5年生 | 7万1255 | 5万9901 | 7万1991 |
小学6年生 | 5万4767 | 4万5240 | 5万3016 |
引用元:R3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査文部科学省
上記は認知されているいじめの件数なので、今まで見過ごされてきたトラブルがいじめとされ認知された可能性もありますが、令和3年度の小学2年生は、コロナ禍で入学式も後ろ倒しになり、学校全体が感染予防対策に混乱する中で入学した学年です。給食の個食、私語の制限など、友人同士の関わりに制限があったり、保護者同士のつながりも作りづらかったりしたことも背景にあるのかもしれません。
また、いじめ行為の内容は、「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」が多いようです。
いいめの認知件数が多い低学年の場合は、言っている本人はあまり深く考えておらず、言われた側の気持ちを考えるまでに及んでいない可能性も考えられます。
不登校が学年が上がると増えていく
昨年度、全国の小中学校で不登校とされた児童生徒は、過去最多の24万4940人でした。その中で小学生は8万1498人。学年別の推移は下記の通りです。
令和元年度 | 令和2年度 | 令和3年度 | |
小学1年生 | 2,744 | 3,395 | 4,534 |
小学2年生 | 4,549 | 5,335 | 7,269 |
小学3年生 | 6,715 | 8,028 | 1万289 |
小学4年生 | 9,466 | 1万1108 | 1万4712 |
小学5年生 | 1万3282 | 1万5603 | 1万9690 |
小学6年生 | 1万6594 | 1万9881 | 2万5004 |
学年が上がるごとに児童数は増えていき、令和3年度は特に増え幅が大きくなっていました。また、「不登校の要因」は下記の通りです。
児童数(人) | 割合(%) | |
いじめ | 245 | 0,3 |
いじめを除く友人関係をめぐる問題 | 5,004 | 6.1 |
教職員との関係をめぐる問題 | 1,508 | 1,9 |
学業の不振 | 2,637 | 3,2 |
進路に係る不安 | 160 | 0,2 |
クラブ活動、部活動等への不適応 | 10 | 0,0 |
学校のきまり等をめぐる問題 | 537 | 0.7 |
入学、転編入学、進級時の不適応 | 1,424 | 1,7 |
家庭の生活環境の急激な変化 | 2,718 | 3,3 |
親子の関わり方 | 10,790 | 13,2 |
家庭内の不和 | 1,245 | 1,5 |
生活リズムの乱れ、あそび、非行 | 10,708 | 13,1 |
無気力、不安 | 40,518 | 49,7 |
上記に該当なし | 3,994 | 4,9 |
約半数となる49,7%の理由は、具体的なエピソードのない「無気力、不安」です。トラブルがあれば解決法を考えることもできますが、漠然とした無気力や不安となると途方に暮れてしまいそうです。
自殺の理由はほとんどが「不明」
令和3年度に小学、中学、高校から報告があった自殺した児童生徒数は368人(前年度415人)です。そのうち小学生は8人。令和2年度は7人、令和元年は4人となっており、人数はわずかながら増えています。
なぜ、子どもが自殺に至るのか、その理由は周囲が推察するしかできません。文科省でも「自殺した児童生徒が置かれていた状況」を調査していますが、大半が「不明」とされています。
心の危機は乗り越えられると知る教育
いじめや不登校、自殺など、子どもを取り巻くさまざまな課題から子どもたちを救うべく、京都市を中心に全国73校で導入されているのが、同志社大学心理学部の石川信一教授や、発達障害を扱うクリニックの神尾陽子院長などの専門家が中心となって開発したメンタルヘルス予防教育プログラム「こころあっぷタイム」です。
「こころあっぷタイム」は、精神的に傷ついても潰れずに立ち直っていく力(レジリエンス力)を高め、心の危機は乗り越えることができるということ、身近に困っている人がいるときに使える方法を身に付けていくことが目的です。
マンガを使って自分と他者の心を知る
具体的には、どんなことをするのでしょう。
「こころあっぷタイム」の対象は小学4~6年生で、心の専門家ではなく教師が実施する全12回のカリキュラム。認知行動療法とポジティブ心理学の技法を用いた内容になっています。
教材は子どもたちに身近な日常の場面を描いたオリジナルのマンガ。「いらいら」「不安」「落ち込み」という心の問題を登場人物を通じて理解していきます。
また「こころあっぷタイム」では、子ども同士でグループで話し合う時間も大切にしています。楽しい雰囲気の中でいろいろな子の考え方を聞き、他人を理解することで自分自身の理解を深めることにもつなげていきます。
子どもがプログラムの成果を実感
実際に「こころあっぷタイム」のプログラムを受けた後の子どもの変化を保護者、教師によると下記についての向上を実感できているそう。
- 自己効力感:ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるか
- 社会的スキル:良好な人間関係をつくり保つために必要な行動をどの程度うまくできるかという確信の程度
- 心理的な問題:他人や自分自身への理解
「こころあっぷタイム」の開発者である同志社大学心理学部の石川信一教授によると、同プログラムの意義は子どもたちの“今”を守るだけにとどまりません。
成人期の心理的問題の半数は児童期に始まることが明らかになっており、小学生の時点でメンタルヘルス予防に取り組むことは、心の危機を自力で乗り越えていける大人を育てていくことになります。20年後、今の子どもたちが社会で活躍するようになる頃、社会全体の在り方が変わっているかもしれません。
不安について親子で話し合おう
また、「こころあっぷタイム」のプログラムを学校内で行えばいいわけではなく、家庭も両輪として取り組んでいくことが必要。家庭でできることは、親子で話し合うことのようです。
文科省の調査では不登校になっている理由の約半数が「無気力・不安」でした。石川教授は「何に不安を感じているのか、何を怖いと感じているのか分からず漠然としているのがよくない」と話します。
子どもが不安を感じているときは、何に対して不安を感じているのかを親子で話し合い、子どもの強みを生かすために家庭でできることと、学校でできることを振り分け、家庭でできなければ学校でできるように取り組んでいくことを石川教授は提案します。
現在は、小中学校を中心に実施されている「こころあっぷタイム」ですが、汎用性は高く、高校や特別支援学校、放課後等デイサービス、就労支援施設などでの実施も見据えられています。
学校法人慶応義塾によると、心の問題に関連する社会経済的損失は約2兆円になるとされています。社会問題である心の問題を教育を通じて解消していく「こころあっぷタイム」に注目してみてくださいね。
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エディター、ライター、環境アレルギーアドバイザー。新聞社勤務を経て、女性のライフスタイルや医療、金融、教育、福祉関連の書籍・雑誌・Webサイト記事の編集・執筆を手掛ける。プライベートでは2児の母。