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ソクたま会議室
2020.06.04
テーマ: 学校ってなんだろう

“みんな一緒に”という幻想から脱却し、これからの教育を知ることを始めよう/教育学者・苫野一徳

苫野一徳

『「学校」をつくり直す』『教育の力』など多数の著書を通して新しい教育のあり方を提言されてきた、哲学者・教育学者の苫野一徳さん。「学校ってなんだろう」という問いに対する苫野さんの答えは、哲学・教育学をベースに学校の本質的な課題を浮き彫りにしつつも、新しい教育へのワクワク感を抱かせてくれるものでした。

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自由を制限するための学校に意義があるのか

哲学的には、公教育(学校教育)の最も大事な本質は、“すべての子どもたちが自由の相互承認の感度を育むこと。そして自由に生きるための力を育むためのものであること”だといえます。

分かりやすいように言い換えると、“お互いのことを尊重するみんなが対等な人間だと理解する”ということを土台にして“自分が生きたいように生きるための力を育む”ことが学校の本質です。

もし、学校がこのような教育の本質を学ぶことができる場であるのならば、私は「学校に通うことに意義はある」と子どもに伝えることができるでしょう。

しかし残念ながら、「相互承認ができるようになる」どころか、相互承認の感度をズタボロにされるような教育を行っている学校が少なからずあります。

例えば、学校から一方的に与えられたルール(枠)の中でずっと生活、学習していかなければならないような学校。

そんな環境で育った子はどうなるでしょうか。お互いの自由を認め合うというよりもお互いの自由を制限しあうための感度が育てられ、価値観や感受性が自分と少し違っていたり、慣習から外れていたりするだけでその人を攻撃してしまうような感性を身につけてしまうかもしれません。

そんな学校であれば、通わせることに意義などありません。

学校=学びのコントローラーを子どもが握る場へ

では、“自由の相互承認の感度を育む学校”とは、どのような場所かというと、一つには、子どもたちが自分たちで自分たちのコミュニティを作ることを経験できる場です。

今年4月に開校した「軽井沢風越学園」の岩瀬直樹校長が学校設立への思いを表した言葉に「学びのコントローラーを子どもたちに委ね、子どもたちが自分たちで人生をコントロールしていき、自分たちで学びの場を作っていけるように」というものがあります。子ども、教員、保護者たち、それぞれが誰かに委ねるのではなく、子どもたち自身が学びの場(=学校)のつくり手であることが学校のあるべき姿だと思います。それがひいては、自分たちの社会を自分たちで作る、そんな市民を育む教育にもなるわけです。

現状、少なくない学校では、学びのコントローラーを教師や学校が握ってしまっています。そのことが、もしかしたら、誰かが作ったルールや他人の価値観に人生を委ねて自分で自分の人生をコントロールできない人間を育ててしまっているかもしれない。そうだとしたら、これは、非常に大きな問題です。

150年続いた教育システムは限界を迎えている

ただ、私は教師に問題があるのだと言いたいわけではありません。問題は、日本の教育制度が学校や教師主導じゃないと動かないシステムを約150年間、変えずに続けてきたことです。その問題に気づいて、これを克服するためにがんばっている教師もたくさんいます。

もともと、哲学者たちが考えた公教育の目的は、“自由とその相互承認の実質化のため”でした。しかし、いざ公教育が整備され始めると、それは富国強兵と殖産興業のため、上質で均質な兵隊あるいは労働者を育てるためのものとして機能することになりました。

そこで出来上がったのが、“同じことを同じペースで、同質性の高い学年学級制の中、出来合いの問いと答えを勉強する”というベルトコンベア式の公教育システムです。

当時と今では、時代が全然違います。しかし、公教育システムの大枠は変わっていません。自由に生きるためには、生き方や働き方を自分で考えて行動することが必要なのに、与えられたことを言われた通りにやっていくことがいまだにあまりに求められすぎています。

これからの時代は、これまでの教育と同じように“みんな何もかも一緒という教育にはもうあまり意味はない”ということを多くの人に認識してほしいですね。

今、9月入学制についても話題になっていますが、“4月入学”と“9月入学”という選択肢しか考えられていません。しかし、世界の教育を見てみるとオランダでは個人の成長に合わせて入学は誕生月の翌月とされており、デンマークでは年4回のタイミングの中から選ぶことができるようになっています。そんな中、日本人は教育について考えるときは“みんな一緒、一律で”と考えてしまう。まずは、この発想から脱却することが新しい教育への第一歩になるのではないでしょうか。

これからの学校、学びの選択肢とは

また、今回の休校では、“みんなを同じ所に集めて、同じことを同じように行うことが教育の機会の均等化である”という教育システムの脆弱さが露呈しました。

本当の意味での“教育の機会均等”や“学習権の保障”とは、すべての子どもたちがある一定の知識や教養(例:学習指導要領)を獲得することを社会が必ず保障するということ。そのためには、学びの進み方は人それぞれであっていいし、むしろそれが当然なのです。

新しい学校教育のビジョンはすでに提示されている

私はこれからの教育のビジョンとして、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を提唱しています。

  • 学びの個別化とは、いつどこで誰とどんなペース、どんな学び方で学ぶのかなど、学びをそれぞれの子どもに合った仕方で個別化すること。

 

  • 学びの協同化とは、個別化を孤立化にしないために、必要に応じて人の力を借りたり、貸したりしながら、支え合って学び進められる環境を整えること。

 

  • 学びのプロジェクト化とは、カリキュラムの中核をプロジェクト(探究)型の学習へと転換すること。探究型の学習とは、出来合いの問いと答えばかりを学ぶのではなく、自分(たち)なりの問いを立てて、自分(たち)なりの方法で、自分(たち)なりの答えにたどり着く、そんな学びのあり方です。

 

※これら個別化・協同化・プロジェクト化という3つの学びのキーワードが自然と融合していくことを指して「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」といいます

このような考え方は、私のオリジナルではなく100年以上にわたる先進的な教育学研究と実践が蓄積してきた教育の本質を私なりの言葉で表現したものです。実は教育をどのように構造転換していけばいいのかのビジョンとロードマップはすでに出ています

すでに多くの人が「今の日本の教育制度は限界を迎えている」「日本の教育は世界から2〜3周遅れている」ということに気づいていますが、「では何をしたらいいのか」ということについては、まだまだ十分考えを練られていないのではないかと思います。

もし、今回の休校をきっかけに今の学校教育に疑問や限界を感じた人がいるなら、これからの教育のビジョンやロードマップ、これからの教育に必要なことは何なのかをまずは知ることから始めてほしいですね。

これからの教育を知るビジョンやロードマップとは

これからの教育のビジョンやロードマップは、私の著作でもこれでもかというほど示していますが、ほかにも昨年まで千代田区立麹町中学校で校長をされていた工藤勇一さんの著書、大阪府立大空小学校の日常を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」などを見てみるのも参考になるのではないでしょうか。

工藤勇一さん

山形県、東京都の公立中学で教鞭をとり、東京都・目黒区・新宿区の教育委員会を経て2014年から昨年度まで千代田区立麹町中学校の校長を務める。中間・期末テストや固定担任制、服装頭髪指導などを廃止するなどの改革を行い全国から注目を集めた。

 

<関連記事はこちら>

・学校教育の当たり前を変えた!麹町中・工藤校長の教育改革とねらい

・宿題、定期テストを廃止!麹町中学校の取り組み、成果を脳科学で分析

・親に求められる、子どもの自律力の伸ばし方とは

映画「みんなの学校」

作品の舞台は、大阪市住吉区にある大阪市立大空小学校。「すべての子供の学習権を保障する学校をつくる」という理念のもと、特別支援の対象となる児童も同じ教室で学び、地域の住民や学生のボランティア、保護者などたくさんの大人たちが見守る体制が作られている。ほかの地域では、厄介者扱いされてきた転校生が地域の人々のもとで成長していく姿が胸を打つ教育ドキュメンタリー映画。公式サイトはこちら。

日本にはすでに、さまざまな新しい教育を模索し、取り組みを始めている学校が実はたくさんあります。

私も共同発起人・理事を務める「軽井沢風越学園」は、今年度から始まったばかりですが、子どもたちにとって幸せな子ども時代をちゃんとみんなで守っていこう、子どもたちと一緒に作っていこうとがんばっています。

そのほか、先ほど紹介した工藤校長の麹町中学に並び有名なのが世田谷区立桜丘中学校、広島県福山市では公立のイエナプラン教育校の2022年度開校を目指しているなど、公教育の構造転換に向けて同時多発的に自治体レベルで動いているところが多数あります。

新しい教育に取り組む公立学校の一部

  • 世田谷区立桜丘中学(東京都)

昨年度まで校長を務めていた西郷孝彦さんが不必要な校則や指導を撤廃。生徒たちが自主性をもって学校生活や学習に参加する学校として話題となった。

 

  • 福山市立常石小学校(広島県)

2022年度から再編後の同校の施設を活用して新たにイエナプラン教育校を設置することになっている。1~3年生,4~6年生の異年齢の子どもたちで学級を編制し、子どもの個性を尊重しながら自立と共生を学んでいくようになる。

 

  • 伊那市立伊那小学校(長野県)

60年以上にわたり通知表や固定的な時間割、チャイムがなく、総合学習(探究学習)を貫いている公立小学校。毎年、教師と生徒で決めた探求テーマをもとに学びを深めていく過程で学習指導要領の内容を入れ込んでいる。

教育の構造改革は自治体や学校、教員から始まるとは限りません。私が主催している「苫野一徳オンラインゼミ」でも保護者から教育に働きかけていこうという気運が盛り上がっており、さまざまなプロジェクトが各地ですでに起こっています。

新たな学校教育のために保護者ができること

では、新たな教育に向けて何から始めたらよいのか…。私が保護者の方たちにおすすめしているのは少人数でもいいので「対話の会」を設けることです。会を設けて「教員も子供たちも地域の人たちもみんなおいでよ」みたいな声掛けをして徐々に教育に向き合う輪を広げていくのです。

対話の会とは

さまざまな意見をもつ人が価値観や感受性を交換したり、認め合ったりすることで、自分の価値観がすべてではないことを知り、新たなアイデアを生み出していくために対話をする会。

例えば、アメリカの中高生を追った「Most Likely To Succeed」という教育ドキュメンタリー映画を上映し対話をする会はよく開催されていますね。

映画「Most Likely To Succeed」

「人工知能 (AI) やロボットが生活に浸透していく21世紀の子ども達にとって必要な教育とはどのようなものか?」というテーマについて数々の有識者が論じるほかカルフォルニア州の高校生2名の成長を追ったドキュメンタリー作品。

劇中、自分に自信がない子どもたちが壮大なプロジェクトに挑んでいく過程で自信をつけ、学力面でも変化を見せていくのが印象的な作品です。

熊本市の遠藤教育長を中心に、Facebookグループ(グループ名:教育を盛り上げる会in熊本)を作っていますが、その中でも「Most Likely To Succeed」を観て対話をする会を何度も行っています。対話の会を行ったからといって地域の教育がいきなり180度変わることはありませんが、このような市民レベルの対話は後々、確実に大きな力になっていくと思います。

150年以上続いた教育システムを変えていくことは長期戦です。ですが、不安や恐怖による動きは長続きしません。今回の休校で感じた教育への危機感だけで終わるのでなく、これからの教育、新しい教育システムにするワクワク感によって、公教育の構造転換をドライブしていきたいと思っています。多くの大人や子どものワクワク感が教育機関に共有されていけば、教育システムはおのずと変わっていくはずです。

<取材・執筆/浜田彩(ソクラテスのたまご編集部)>

苫野一徳

哲学者・教育学者・熊本大学教育学部准教授・熊本市教育委員。全国で、教員・一般向けの講演やワークショップ、セミナーなどを多数行っているほか、軽井沢風越学園の設立に共同発起人として関わっている。著書に「教育の力」(講談社)「勉強するのは何のため?――僕らの「答え」のつくり方」(日本評論社)「「学校」をつくり直す」(河出新書)などがある。

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