「インクルーシブ教育に反している」と国連が勧告。それでも日本が「特別支援学級」を続ける理由
2022年、国連の障害者権利委員会が、日本の特別支援教育の体制について勧告を出したのをご存知ですか? 日本の特別支援教育は「ほかの子どもと分離させるシステム」と指摘し、その是正を求めました。特別な支援を必要とする子どもが増えている現在の日本で、勧告が本当に妥当なものだったのかを専門家にうかがいました。
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国連が「日本の特殊教育をただちに中止するように」と要請。一体なぜ?
新潟大学で特別支援教育について研究を行っている、新潟大学大学院 教育実践学研究科の長澤正樹教授にお話をうかがいました。
ーー2022年9月、国連の権利委員会より、日本の障害者に対する取組に対する総括所見改善勧告が出ています。この中で教育についても触れられており、教育に関して「分離された特別な教育をやめる」ことや「すべての障害児が普通学校に行けるよう保障すること」を要請していますね。
長澤教授:「これは、通常の学級以外の特別支援学級や特別支援学校が存在し、そこで学んでいる子どもがいること自体が、インクルーシブ教育ではないという考えからきています」
ーー交流学級などがあっても十分ではないということですか?
長澤教授:「そうですね。一緒に学んでいれば交流学級自体が必要ないので、それがある時点で特殊教育の名残だととらえられているということです。
そもそも、“インクルーシブ教育”という言葉にはっきりとした定義はありません。同じ地域で学べばインクルーシブ教育だという人もいますし、同じ敷地の中、建物の中にいなければならないという人もいます。
どんなに遅れがある子でも、所属する学級の授業でかけ算をやるならば、その子もいっしょにかけ算をやるべきだと考える人もいます。
この対応が国や地域によってもその対応が異なるので、どこと比較するのかによって、日本の対応の見え方は変わってくるでしょう」
ーーどんなに障害がある子も同じ内容というのは、なかなかハードルの高いことのようにも思いますが、こうしたことができている国はあるのでしょうか?
長澤教授:「全ての国の事情は分かりませんが、例えば、アメリカでは基本的には全ての子どもたちが通常学級で同じカリキュラムで学んでいます(詳細の内容が違う場合あり)。
その中で、成績が基準に届かなかった子どもは特別な指導、それでも成績が伸びなかった子どもには専門的な教育、つまり個別の対応をしています。順序としては、全体での学習→少人数学習→個別化という順番で対応されているということになります。
ーー入学前に進路を決める日本とは、対応の順番が逆なのですね。
長澤教授:「そうですね。アメリカは学校の中でインクルーシブ教育が完結されているようなイメージです」
それでも希望者は増えている……日本が特別支援教育を続ける理由
ーー勧告があった一方で、日本では特別支援教育を希望する子どもは増えていると聞きました。
長澤教授:「小中学生では特別支援学級・学校ともに在籍者が増えています。令和4年の特別支援学級の在籍者は全国で約35万人。通常の学級や学校にこだわらず、『うちの子に合った環境で学ばせたい』と考える親が、昔よりも増えているんですね。
一方で、特別支援学校の高等部への進学数は増えていません。特別支援学校の中学部を卒業した生徒の6割は普通の高校に進学しています」
ーーなぜ高等部だけが増えていないのでしょうか。
長澤教授:「少子化による普通高校の定員割れや、通信制高校の増加により、支援が必要な子どもも選択肢を多くもつことができているという面もありますが、やはり保護者の『普通の学校に行ってほしい』という思いが大きいようです。
特別支援学校の高等部に行っても、高卒の扱いにはならないので、就職の面での心配もあるのでしょう」
ーー選択肢が増えるという意味では、普通高校を選べるのはよいことにも思えます。
長澤教授:「しかし、ある自治体では特別支援学校(学級)から普通高校に進学した子どもの約3割がドロップアウトしたというデータもあります。普通高校では、まだまだ特別な支援が必要な子どもへの対応が十分ではないということです。
就職の面でも、特別支援学校の高等部卒業は高校卒業の学歴にならないものの、卒業生の30〜35%は一般就労しており、社会の中でしっかりと活躍しています。知的障害が重い子どもは、B型事業所(通常の就労が困難な人に働く機会を提供する場所)などを進路としています。
特別支援学校だからこその就労支援があり、卒業後までを見通してしっかりサポートしてくれるというメリットがあるのです」
ーー分離していると評価された日本の特別支援教育ですが、そのようなメリットもあるのですね。
長澤教授:「そのほかにも、寝たきりの重度障害の子どもが高校まで行ける国は数少ないと思いますが、その一つが日本です。多くの国ではそういった子どもたちは福祉や医療の分野でカバーされるべきと考えられています。教育の対象にすらならないことがあるんですね。
そういった意味でも、学ぶ機会が保障されている日本の特別支援は、決してレベルの低いものではないと私は考えています」
教員免許の必修科目となったのが数年前。特別支援の課題は?
ーー一方で、課題はどのようなところにあるのでしょうか。
長澤教授:「一つは特別支援教育に対する教師の理解度ですね。少し前まで小中学校の教員免許を取得するための必修科目に、特別支援に関する単位は含まれていませんでした(令和元年度に改正され、追加)。そのため、大学で特別支援について学んだ先生は、今の現場にはほとんどいません。
ですから、昨年の『一学級に特別な支援が必要な子どもが約3人いる』という調査結果が発表されましたが、そこにしっかり対応できる先生はそこまで多くないのが現状でしょう。管理職の先生がリーダーシップをとって研修し、学校全体で取り組んでほしいところです」
地域も一緒になって考え取り組むことが、次の時代の特別支援教育につながる
ーー最後に長澤先生が考える「よりよい特別支援教育」を目指すために必要なことを教えてください。
長澤教授:「制度的なことですが、特別支援学校を選択した子どもも、住んでいる学区の小中学校にも籍をおくべきではないかと考えます(二重学籍)。すでに東京都や横浜市などでは取り入れられている制度であり、自分の地元とのつながりの維持や交流をはかる目的で導入されています。
二重学籍について活発に議論されたのは東日本大震災のとき。被災地の市町村が学籍簿を調べたときに特別支援学校の子供の情報がなく、安否をすぐに確認できなかったことが問題視されたことにより注目されました。
しかし、その話題もすぐに立ち消えになり、全国的に導入されることはありませんでした。安全面や地域とのつながりという視点からも、こうした制度は必要になるのではないでしょうか。
また、基本的に一つの市町村に一つしかない特別支援学校を分教室にして各小中学校に置く、特別支援学級では通級指導を行うなど、学区内の学校で特別支援教育が完結した『日本の新たなインクルーシブ教育』の形が実現することが理想の一つではないかと思います」
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1991年生まれ、ライター兼編集。小学生向けファッション誌のほか、小学校教員向け専門誌の編集を経て、2022年にフリーに。小学校教育や性教育、10代のトレンドなどについて執筆している。夫と猫の3人暮らし。