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2023.01.20

定型発達とは?発達障害の子は何が違うの?「普通」が苦しい親子の生き方

いくら発達障害の特性を「個性」と表現しても、「普通」であることが当たり前とされる社会で、発達障害の子やその家族の生きづらさは変わりません。そもそも、ほとんどの親が自分の子どもしか育てたことがないのですから、「発達障害と定型発達の違い」も、「普通が何なのか」も分かりませんよね。そこで、“普通の圧”に疲れた親子へ札幌国際大学准教授の安井政樹さんがアドバイスをします。

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記事を執筆したのは…

安井政樹さん札幌国際大学 准教授

北海道・札幌市の公立小学校で20年間教諭を務め、2022年4月から、現職。ICT教育や道徳教育が専門。NHKforSchoolでは、各種の道徳番組のほか、特別支援番組「u&i」「でこぼこポン」の監修も務め、発達障害やマイノリティの立場に寄り添った教育活動を考えている。 

「定型発達=普通」とは

定型発達とは、年齢ごとの発達の特性と比較して遅れがない場合、いわゆる「発達障害がない」という意味で用いられます。

発達の特性は、小学校入学時であれば「幼稚園教育要領解説」「保育所教育指針」をもとに考えるケースが多く、また、小学校入学以降の学習面では、その学年の内容が定着しているかどうかで考えられることが多くあります。

ただし、「発達障害=悪い子、困った子」「定型発達=いい子、普通」というわけではありません。これまでの教師生活の中で、発達障害といわれている特性が、強みになっている子たちをたくさん見てきました。

例えば、空気を読むことが苦手な子がいたとします。一般的に「空気は読んだほうがいい」というイメージがありますが、一方では、「自己主張が大切」という見方もあります。「空気を読める子=定型発達の子」のほうが良いわけではなく、見方次第でそれぞれに良さがあるのです。

そもそも、子どもが45分間興味のない授業を黙って座って聞いていることが「普通なのか」と教師ながら疑問に思うことがあります。「つらい」「しんどい」「飽きた」という思いを率直に出せることもある意味「普通」なのではないでしょうか。

国の制度や大人の都合だけで「普通」「定型」という言葉を使うことも多々あります。「普通」「定型」という言葉には振り回されすぎなくて大丈夫です。

定型発達と発達障害、悩みの違い

抱え込む必要はなくても、子どもの悩みを人に話して傷ついた経験がある人も多いのではないでしょうか。

例えば、いわゆる定型の子のママから「うちの子もそうだよ。気にしすぎだよ」と言われたとき、「そうではなくて…」と困り感を理解してもらえない気持ちになりますよね。子ども一人一人の特性も違い、困り感も違い、結局は当事者にしか分からないことが多いのです。

ママ友だけでなく、担任から発達や特性について指摘されて、驚いたり、傷ついたりしたことがある人も多いのではないでしょうか。

そのとき、見極めていただきたいのは、指摘した理由が「その子をどうにか支援していきたい」からなのか、「できない理由をその子に押し付けたい」からなのか、どちらなのかということです。

成長とともに周囲との差が出てくることがあり、その場合、どういう支援がその子に合っているのか、必要なのかということを、保護者も含めた専門家と協力しながら進めていきたいと考えているからの指摘であれば傷つく必要はありません。

 批判的な声に振り回されないで

「予定が変更したことに対応できず、パニックになる」
「思っていたことと違うと、動けなくなる」

荒れている子どもの様子だけを見ている周囲の人には、その子の特性と日々向き合っている親子の努力は見えません。その上、「子育てのせい」というような周りの冷たい視線が、親子を傷つけることさえあります。

必死に頑張っているのに、「わがままな子だ」「親は何をしているんだ」と理解してもらえない場面も少なくないかもしれません。確かに理解のない人もいます。ですが、10人いれば、10通りの見方があります。

気付きやすいのは、否定的・攻撃的な声です。しかし、表立ってはいませんがあたたかな眼差しもきっとあります。クレームを言う人に必ずしも左右される必要はありません。親子の日々の努力は、決して無駄ではありません。

定型発達を目指す必要はない 

私は「うちの子は普通です」という保護者に出会ったことがありません。どの子にも得意や不得意があり、その子らしさもあり、発達のスピードがあり、まさに十人十色です。

また、定型発達が一概に素晴らしいということでもありません。ただ、学校の教室などでは、いわゆる「普通の子」が多いため、目立つように感じるわけです。そういう意味でマイノリティとなる発達障害の子が肩身が狭く感じてしまうということはあります。

例えば、学校生活や勉強についていけないとき、「落ち着かないのは我慢が足りない」「計算ができないのは練習不足」「漢字が書けないのはやる気が足りない」と教師から言われると焦ってしまうことでしょう。

みんなについていけるように何度も家で練習をしたり、机に向かわせたりするかもしれません。それは子どものためにがんばろうとする親心の表れであり、とても素敵なことですが、その結果、保護者の望む成果が出なかった場合、子どもはさらに劣等感や自己否定感を抱くことがあります。

周り(定型発達)の基準に合わせてゴールを設定すると、「できていない」が目立ちます。でも、周囲ではなく、過去のその子と比較して「前よりできるようになったね」と成長に目を向けると、「できた」が目立つようになります。

その積み重ねが、親子の生きやすさ、子どもが生き方のコツを得ていくことにつながっていきます。定型発達を目指す必要はないのです。

多くの学校は、いわゆる「普通(定型発達)の子」が中心の仕組みになっており、多様性が前提にはつくられていません。差別意識があるわけではなく、単にマジョリティ(普通)が、マイノリティの困り感に気付かないのです。そして、無意識からくる言動が、当事者を傷つけてしまうこともあります。

ですが、無意識、無知による言動は、「知る」「気付く」ことで変わっていきます。だからこそ当事者の思いを周囲に伝えてください。困っていることを親子だけで抱え込む必要はありません。孤軍奮闘は、とてもつらくなってきます。専門家や教師、カウンセラー、コーディネーター、支援センターの職員などと協力してください。

エネルギー不足にならないように。そして、親子が仲間になれるように、ほどほどにがんばる日々にしてみてください。親子でいることを楽しんでくださいね。

安井政樹

安井政樹

札幌国際大学・准教授。北海道・札幌市の公立小学校で20年間教諭を務め、2022年4月から、現職。ICT教育や道徳教育が専門。いろいろな子どもたちが前を向き、やる気だして頑張れるようにみんなが楽しい授業・分かる授業を展開。保護者や関係機関と連携を取りながら教育活動にあたってきた。NHKforSchoolでは、各種の道徳番組のほか、特別支援番組「u&i」「でこぼこポン」の監修も務め、発達障害やマイノリティの立場に寄り添った教育活動を考えている。 

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