• facebook
  • twitter
  • LINE
  • hatena
2023.07.11

日本の公教育の「当たり前の光景」がすごい! エジプトが“日本式教育”を取り入れたわけ

日本では、「不登校」「いじめ」といった学校教育を取り巻くさまざまな問題が日々取り上げられ、その制度や方針を疑問視する人も少なくありません。
しかし、そんな日本の教育の一部が9000キロ離れたエジプトで取り入れられていることをご存じでしょうか? 今回は、2016年から進められている「エジプトと日本の教育パートナーシップ」についてご紹介します。

  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • LINELINE
  • hatenahatena

お話を聞いたJICA(独立行政法人国際協力機構)の岩崎理恵さんは、日本とエジプトの教育パートナーシップの下、「特別活動を中心とした日本式教育モデル発展・普及プロジェクト」の担当をされています。なぜ日本の教育がエジプトで注目されたのか、どんな日本式の教育が行われているのかを取材しました。

日本の「人を育てる学校教育」に注目したエジプト

ーーエジプトと日本が教育のパートナーシップを締結していることを、あまり知らない人が多いかと思います。その内容をお教えください。

岩崎さん:エジプトが自国の教育制度改革に取り組む中、注目されたのが日本の「人間関係形成能力」や「社会参画」等を重視する教育でした。

2010年代初頭に「アラブの春」(2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した民主化運動)が起こり、国内が混乱していたエジプトにおいて、主体的に考え行動するといった「生きる力」に対する関心が高まり、ニーズが生まれたのだと思います。そして、現在の大統領の強い意向の下、両国首脳間で エジプトと日本の教育協力パートナーシップが締結されました。

ーーなぜ日本の教育が注目されたのですか?

岩崎さん:エジプトには大卒の優秀な人材がたくさんいますが、一方で若者の高い失業率が社会問題になっていました。

社会の不満が高まる中で、「社会のために主体的に行動する人材を育てたい」「自分で考え、他者と協働して社会に貢献する人材を育てたい」と考えたときに、これまでの「知識偏重の教育」ではなく、日本の「知識だけではない、人間力を育てる全人的な教育」が注目されたのだと思います。

ーーエジプトの方々は、具体的に日本の学校のどこに魅力を感じたのでしょう?

岩崎さん:政府関係者の方が日本の学校を視察して一番衝撃的だったのは、給食の時間だったそうですよ。子どもたちが指示を待つことなく、給食当番はみんなのためにエプロンを着て給食を盛り付け、それ以外の子は誘導されていないのに1列に並ぶ姿に驚いたようです。

日本人からするとなんてことのない風景ですが、こうした「誰かに言われなくても子どもが自分で考えて、自分の役割を担う姿」は、日本の教育現場ならではの光景です。それが、日本式教育導入を後押ししたのかもしれません。

エジプトの日本式教育「TOKKATSU」とは?

ーー前述の教育パートナーシップをきっかけに、エジプトには日本式教育導入の拠点となる学校(EJS)が設置されたと聞きました。具体的にどのような教育活動が取り入れられているのですか?

岩崎さん:現在、エジプトには51校のEJSがあり、そこでは、これまでお話しした「人間力を育てる教育」という観点から、日直、清掃といった日本の学校を参考にした活動を取り入れています。そのほか、手洗いうがいや歯磨きなど、生活指導的な教育も導入されています。

ーーそもそも、掃除や手洗いなどの指導は日本ならではのものなのですか?

岩崎さん:先ほども話したように、日本以外のほとんどの国にとって学校は「教科を学び、知識をつける場所」。掃除や手洗いはそうしたものに含まれませんから、わざわざ学校に行って教えてもらうという感覚はありませんでした。

自分の使った場所を次の人のためにきれいにする、自分もみんなも健康でいられるように手を洗うという「社会でよりよく生きる」ための指導は、エジプトの方にとって新鮮だったと思います。

ーーそのほかの教育活動だと、どうでしょうか?

岩崎さん:エジプトでは「学級会」にも取り組んでいます。みんなで話し合い、一つの解決策を見つけ出してよりよい集団を目指すこのカリキュラムは、日本にある「特別活動」の教育内容を参考にしています。

小さなころから相手と話し合って解決する経験をさせるために、エジプト式にアレンジされ、実施されています。日直、掃除や学級会など日本の教育を参考にした活動は現地で「Tokkatsu」と呼ばれ、全土で導入されました。(日本でも特別活動が特活と略されているため)

「うちの子に掃除なんかやらせるな!」非難を乗り越え、定着していった日本式教育

ーー学校という場所の認識自体を変える大きな試みですね。現地の方からの反発はなかったのでしょうか。

岩崎さん:やはり最初はあったようです。保護者から「うちの子に掃除なんかさせるな。うちの子は掃除人じゃないぞ!」という反応もありました。

その声に対し、現地の校長先生が一緒に掃除をしているところを見せ、これらが罰でやらされているのではなく、教育の一環なのだと少しずつ理解してもらうよう工夫したそうです。

ーーこうした人間力を育てることを重視した教育の結果、子どもたちに変化は見られたのでしょうか。

岩崎さん:このプロジェクトで育成を目指す「人間力」は、いわゆる非認知能力と言われるものであるため数値での効果測定は難しいのですが、EJSの教員や保護者に子どもたちの様子についてアンケートをとったところ、特に「自律性」「問題解決力」「協調性」などの能力が向上したという回答が得られました。

「蹴落とすべき競争相手」から、「共に生きる共創相手」へ。子どもや教師の変化

年に4回ほどエジプトに赴き、現地の教師に「TOKKATSU」を指導している國學院大學教授・杉田洋先生は、変わったのは子どもだけではないと話します。

杉田先生:私が指導に入ってすぐのエジプトの教師たちは、おかしを食べたりスマホを触ったりしながら人の話を聞いたり、講義中に突然部屋から出ていったりする有様でした。もちろん使った椅子や机の位置を直すこともしません。

エジプトでの指導はそこからでした。目の前のものを大切にし、相手に感謝すること、自らがどうやって学んでいくかを仲間と話し合い、物事を建設的に考えていくことなどを教師ができるようにしました。子どもにやらせようとしていることを、まずは大人ができるようにしたんですね。

ーーまずは先生たちの“姿勢”から指導に入られたのですね。

杉田先生:私は、学級会や日直の「やり方」を教えに行ったのではなく、あくまで「子どもを中心にした学校づくり」という“考え方”を伝えに行ったのです。そのためには、まずは現地の先生に「日本式教育」を理解してもらうことが重要でした。

彼らはその指導の意義やよさを身をもって感じ取ってくれ、自分の指導に生かそうとしてくれました。さらには、自分の子育てに生かしたという声も聞きます。

ーーそうした先生の指導が、子どもの姿にも反映されてきているのですね。

杉田先生:そうだと思います。他人と協力して生活したり、周りの人と話し合って何かを決めたりという経験をすることで、周りの友達のことを「競争相手」ではなく「共創相手」と考えられるようになっているのだと思います。

これは、友達を「蹴落とすべき相手」ではなく、「一緒に協力して暮らしていく仲間」と思えるようになっているということ。日本人からすると当たり前の感覚ですが、決してそれが世界のスタンダードというわけではないんですよね。

また、これまで間違ったことをしたら懲罰的に叱られていたのが、教師が子どもとその原因を探り、一緒にどうするか考えていくという寄り添い方に変わったのも、子どもたちに変化をもたらした要因だと思います。

「学校は行きたくない、楽しくないところ」という認識だったのが、「TOKKATSU」を始めてからは「早く学校に行きたい」という声が増えたと聞いています。

今こそ考えたい、これからの教育に必要なこととは何か

ーー今回、「世界から見た日本の教育」というテーマでお話をうかがいしました。海外から注目を浴びる一方、日本では働き方改革などにより教科以外の時間が短縮される例もあります。このような状況の中、杉田先生が考える「今、本当に必要な教育」とは何でしょうか。

杉田先生:現在、日本国内ではグローバルに活躍できる人材を育てることが重視されていますが、私は「グローバルな日本人」を育てるという意識を忘れてはいけないと思っています。

つまり、海外で活躍できるような人材を育てながらも、これまで大切にされてきた「使った部屋をきれいに掃除する」「仲間と話し合い、協力してよりよい生活をつくる」などの行動の源となっている全人的教育が抜けてはいけないということです。

知識は人を苦しめたり、時には殺めたりする可能性さえ秘めています。そうならない使い方ができる人間を育てるには、「人間力を育む教育」は忘れてはならないでしょう。

<参考資料>

特別活動を中心とした日本式教育モデル発展・普及プロジェクト(JICA)

子育てのお悩みを
専門家にオンライン相談できます!

「記事を読んでも悩みが解決しない」「もっと詳しく知りたい」という方は、子育ての専門家に直接相談してみませんか?『ソクたま相談室』には実績豊富な専門家が約150名在籍。きっとあなたにぴったりの専門家が見つかるはずです。

子育てに役立つ情報をプレゼント♪

ソクたま公式LINEでは、専門家監修記事など役立つ最新情報を配信しています。今なら、友だち登録した方全員に『子どもの才能を伸ばす声掛け変換表』をプレゼント中!

\ SNSでシェアしよう /

  • facebookfacebook
  • twittertwitter
  • LINELINE
  • hatenahatena

ソクたま公式SNS