“いい先生”とは自分に合う先生。相性を知ることは自分自身を知るきっかけになる/ロボットコミュニケーター・吉藤オリィ
吉藤オリィ
身体的移動ができない状況下でも自分の体の代わりにその場にいて社会参加をできる分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」の開発者である吉藤オリィさん。約3年間の不登校やひきこもりを経験し、現在は、発明家として小中学生に向けた講演を行なう彼が考える「いい先生」とは?
恩師たちとの出会いがなければ今の自分はいない
私には、「あの人に出会っていなければ今の自分はいない」と思える恩師が何人もいます。
小学1年生のときに担任だった先生は、卒業するまでずっと私のことを気にかけてくれていて、私もその先生のことが好きでした。高専出身の先生で、私に高専を教えてくれたのもその先生でした。
私は元々体が弱く、仲が良かった祖父母が亡くなって体調を崩して1週間休んだことをきっかけに小学5年生から中学2年生まで不登校になりました。周囲からは「ズル休みだ」と言われ、親や担任の先生は無理やりにでも学校へ行かせようとし、体調も精神面も悪化していきました。
そんな中、高専出身のその先生は校内に吉藤専用ルームを作ってくれて、「教室に行かなくても、クラスメイトに会わなくてもいい」と言ってくれただけでなく、「図書館のしおりが不足しているから」と言って、私が好きな折り紙でしおりを作るという“役割”を与えてくれました。
吉藤だけを特別扱いできないということで専用ルームは1ヵ月強でなくなってしまったのですが、先生が遊びに来てくれたときに喜んでもらえるよう、折り紙でいろんなしおりを作っていたのはいい思い出です。
目標ができ、初めて勉強が我慢ではなくなった
専用ルームのおかげで自分の居場所と役割ができたことで、少しずつクラスにも戻れるようになっていたのですが、専用ルームの封鎖後、教室に連れ戻されるようになった私は、居場所もなく精神的に辛くなり、ひきこもり生活を送るようになりました。
そして、不登校のまま中学生になった1年生の夏前、母親が「折り紙ができる人は、ロボットも作れる」という謎の理論で「虫型ロボット競技大会」に申し込み、私は参加することになりました。
そこで、偶然にも優勝することができ、翌年参加した関西大会で出会ったのが、師匠である久保田憲司先生です。会場で師匠が作った一輪車をこぐ巨大ロボットを見て、「この人に弟子入りしたい」という“目標”を見つけました。
大会のパンフレットによると、師匠は奈良県の工業高校の先生で、そこに入学するためには中学3年分の勉強を半年でやらなければいけませんでした。
そもそも私はやらされる勉強が嫌いで、理由もなく勉強ができないタイプでした。勉強というか我慢ができないタイプなので、理由もなく授業をじっと聞くことができませんでした。「何でみんなは当たり前のように授業受けられるんだろう」と思っていたし、周囲からはわがままな子、悪い子だとされていました。ですが、師匠のいる高校に行くという”目標=勉強する理由”を見つけてからは勉強は我慢ではなくなりました。
もし、あのとき師匠に出会っていなかったら、ひきこもりのままだったかもしれません。
私は“出会いと憧れが人生をつくる”と考え、たまに小中学生向けに講演を行っていますが、「これ好きだな」「かっこいいな」と思える機会を作っていけたらいい。難しいことを考えずに「かっこいい」感情は人を動かすと思います。
<吉藤さんから子どもたちへのメッセージが本になりました>
周囲の評価ではなく自分に合うのがいい先生
久保田先生は師匠ですが、私にとって”最高の先生”だったかと聞かれると答えられません。なぜなら、私が考えるいい先生とは、“自分に合う先生”であり、万人にとっての“いい先生”はいないと思うからです。
私の高校時代の担任の先生は、あまり何かをしてくれる先生ではなく、一般的な見方をすればいい先生と言えないかもしれませんが、“あまり何もしない”その先生は、私にとって相性がいい先生でした。「お前ら、行くぞ!」みたい生徒をうまく盛り上げて、一体感がめちゃくちゃある超楽しそうな感じにクラスをプロデュースしている先生もいましたが、私の担任は何もしてくれない(笑)。
でも、だからこそ、文化祭など何かあるときは生徒主導で動くことができたんですよね。リーダーとして全部やってくれるのではなくて、何もやってくれなかったからこそ、生徒たちが「頑張ろう」と思えたし、私にとってはいい先生でした。
ただ、そんな風に自分に合う”いい先生”を見つけるのが難しいのですよね。大人が合わない就職先を変えられる選択肢をもつように、子どもが合う先生を選ぶことができればいいのにと思うのです。自分にとって何が合うか知ることは、自分を知ること、自分で判断できるようになることに繋がると思います。
先生や学校からすると、たまったもんではないでしょうが、学校そのものも友達の輪も先生も、合わないと思ったところに我慢して合わせるのではなくて「違うな」と思ったときに自分の合う場所や人を選べるようになっていけばいい。
それは、学校や先生や友達が悪いわけじゃなくて相性が悪かっただけですし、もし、いい先生の定義を挙げるなら、相性がいい先生、相性が合わなかったときに別の人に代わってくれる先生ではないでしょうか。
選択肢を与えつつ、選ばされているとは感じさせない
「オリィ研究所」にもインターン生はいますが、私は「これをしなさい」という指導はしないし、カリキュラムがない人間なので、「彼(彼女)が何に興味を持つかな」と思いながら環境や選択肢を用意しながらも自主性に任せています。
食事に例えると、カレーを食べさせて「合わないな」と思ったら、次はそばを食べさせて、さらに「違うな」と思ったら、次はショートケーキ、次は中華という感じでどんどん食べさせて、いい反応をしたときに「なるほど!トムヤムクンが好きなのか」みたいな感じです。
あとは、「私が育てた」というようなことも言いたくない。自分たちが頑張ったことを「頑張らされていた」と思うことは嫌だろうし、指導者ではなくものづくり好きな友人として、共に「こういうもの作った!」と発信していける仲間になってくれたらいいなと思っています。
「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」が日本橋にオープン
重度障害者、ひきこもり、子育てや介護で家を空けられないなど、体が移動させられない人も分身ロボットを遠隔操作して働き、社会参加できる実験カフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」がオープンしました。店内はさまざまなエリアに分かれており、遠隔で働くOriHimeパイロットと話しながら接客をしてもらうエリアは予約制。公式サイトからアクセスをしてください。
<取材・執筆/浜田彩(ソクラテスのたまご編集部)>
ロボットコミュニケーター。株式会社オリィ研究所共同創設者代表取締役CEO。デジタルハリウッド大学大学院特任教授。分身ロボット「OriHime」の開発者。趣味は折り紙。 対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」のほか、ALS等の難病患者向け意思伝達装置「OriHime eye」、車椅子アプリ「WheeLog!」、分身ロボットカフェなどを開発提供し、2016年には「Forbes誌が選ぶアジアの30歳未満の30人」に選ばれた。著作に『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)『サイボーグ時代』(きずな出版)などがある。