“いい先生”とは、目の前の子どもだけに集中し、いい先生であろうとしない先生/「いもいも」主宰・イモニイ(井本陽久)
井本陽久(イモニイ)
「イモニイ」の愛称で親しまれる井本陽久先生。神奈川県鎌倉市の中高一貫校・栄光学園中学高等学校で27年間数学教師として勤め、現在は花まる学習会「いもいも教室」を主宰する。“叱らない・教えない”教育で注目を集めるカリスマ教師、井本先生が考える“いい先生”とは?
学びの本質は「自学自習」と「試行錯誤」
27年間、母校である栄光学園中学高等学校で数学教師として勤め、現在は、御茶ノ水、東戸塚、四谷など、首都圏にある花まる学習会「いもいも」で授業を行っています。
学習塾とカテゴライズされている「いもいも」ですが、実は学校の成績を上げることを目的にしていません。「いもいも」で一番大切にしているのは、「自分の考え方で考える」「自分のやり方でやる」ということ。体験型ゲームや幾何学、哲学対話などオリジナルのプログラムを通して、子どもたちが自分自身のままで躍動でき、没頭できる時間を用意しています。
なぜなら、僕は学びの本質は、先生から言われたことを覚えて問題を解けるようになることではなく、自学自習や試行錯誤にあると考えるからです。
子どもは本来、自分の興味や関心があることに対しては、結果を考えずに夢中で取り組みますよね。成功や失敗などの結果ではなく、そのプロセスこそが、学びなんです。
ところが、多くの学校や大人(親)は、子どもに“できる”ようになってほしいから、「こうすればできるようになりますよ」と丁寧に教え、“自分のやり方”でなく“人のやり方”で取り組ませようとします。
それでは、子どもは自発的に考えるようにはならないですよね。「自学自習」「試行錯誤」の機会を奪い、自分で考えない子を育ててしまいます。
そこで、「いもいも」では、自然の中で「今、ここ」にあるものを使って思う存分楽しむ「森の教室」を開講しました。
大人たちは一切指図をせず、子どもたち主導で秘密基地を作ったり、竹を組み立てて流しそうめんをしたり。平日の昼間に行っていることもあり、不登校の子が多いですけど、「森の教室が好きだから、学校休んで来ました!」という親子もいます。
目の前の子どもにどれだけ集中できるか
僕は栄光学園で長年数学の教師をやってきましたが、授業準備にはものすごく時間をかけつつ、授業中は、ひたすら”子どもに集中する”ことを心がけてきました。
授業準備をしているとどうしても、「生徒にはこのタイミングで意見を言ってほしい」「ここまで解けるようになってほしい」といった、教師としての“煩悩”が出てくるものです。だから、ちゃんと聞いていない生徒を見るとイライラして叱ったり、「〇〇は△△が理解できていない」など、生徒をジャッジしたりしてしまいます。
ですが、そんな授業を続けていると、生徒は自分のやり方でやらなくなってしまいます。
教師の永遠の課題は、“煩悩”をとりはらい、「目の前の子どもにどれだけ集中できるか」「どれだけ子どもを見ることができるか」なのではないかと思います。
栄光学園の教員時代、僕の授業に限らずどの授業でも寝てしまう子がいて、先生方もとても厳しい目でその子のことを見ていました。ある日、僕は、寝ているその子の肩を揉みながら「眠たい?」って聞いたのです。すると、彼は「光がまぶしくて、目がチカチカして目を開けていられないんです。それで目をつぶると、いつのまのか寝ちゃうんです」と言ったのです。
僕たち教師は、勝手にその子を“寝てばかりの子”と思っていましたが、その子はいわゆる発達障害で、知覚過敏の傾向があっただけなんです。
目的をもって生徒を見てしまうと、その子のそのままを見られなくなってしまう典型例です。
子どものありのままを認めること。普通だったら叱るような場面でも、目の前にいる子どもを面白がる、承認することが、先生としての僕の役割だと思っています。
先生がきちんとすればするほど子どもは窮屈になる
子どもって、先生が失敗すると、めちゃくちゃ喜びますよね。
「先生だからいつもきちんとしていないといけない」というのは、実は違うんですよね。子どもは理屈で生きていないから、ちょっとくらい抜けていても、目の前の子どもたちを愛し、「自分のことをちゃんと見てくれている」と感じると、その先生のことを信頼し、大好きになるんです。逆に、先生がきちんとすればするほど窮屈になる。
保護者はそんな子どもの様子をよく見ています。子どもから「〇〇先生が、また△△しちゃったんだよー」と報告を受けても、子どもが先生のことを大好きな様子が伝わってくれば、それだけでその先生のことを信頼します。そして、たとえ失敗しても、「先生も人間だから、そんなこともあるよね」と、自然と先生のことをフォローしてくれます。子どもへの愛情を通じて、先生と保護者が自然と信頼関係でつながることができると思うんです。
かくいう僕も、授業以外ではかなり抜けていまして(笑)。プリントの配り忘れはしょっちゅうですし、事務仕事も苦手。保護者の方や周りの先生方に、ずいぶん助けてもらいました。
そう考えると、 “いい先生”って、“いい先生じゃない先生”ということになるのかな(笑)。
いいも悪いも、先生と生徒の出会いって、縁だと思うんです。お互いが出会う必要があったから出会った。「縁を持つ」って、それだけで意味があることだと思います。
子どもは遅かれ早かれ、大きくなってどこかのタイミングで、自分の人生を肯定的に見るときがくると思います。子どもの頃は大嫌いだった先生も、振り返ってみると、「自分に必要な縁だったのではないか」と思う日が来てほしい。
子どもに将来、そういう幸せな瞬間を作ってあげられるように、縁あって出会った目の前の子どもたちを喜ばせてあげたいですね。
子どもたちを輝かせよう
メディアに登場させていただく機会が増え、僕の活動が注目されていますが、「いもいも」を実際に動かしているのは若手のスタッフたちなんです。子どもたちへの向き合い方が全然おしつけがましくなくて。子どもたちと本当に素直に向き合っています。
若い先生たちにも、自分にしかできないことを思う存分やってもらいたいですね。それが、子どもたちをますます輝かせることに必ずつながると思います。
花まる学習会「いもいも」主宰。栄光学園中学高等学校数学科講師。栄光学園中学高等学校、東京大学工学部卒業。思考力を重視するアクティブラーニング型授業が注目を集め、多数のメディアで紹介。長年、生徒と共に児童擁護施設で学習ボランティアを続けるほか、海外での教育支援にも継続的に関わる。