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2021.04.08

いじめ問題の現状。なぜ学校でいじめがなくならないのか? <前編> 【連載 いじめのトリセツ Vol.2】

栗岡まゆみさんの連載2回目となる今回は、いじめ問題の現状について。いじめから子どもを守る法制度は整い、各種の取り組みが成されているのに、なぜいじめはなくならないのでしょうか。いじめ問題は今後、どうなっていくのでしょうか。いじめ問題に対する社会の動き、いじめがなくならない原因について事例を交えて考えます。

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いじめ問題に取り組む社会の変遷

いじめ問題に対する社会の取り組みには、大きく分けて4つの波があります。1986年以降、「いじめ防止対策推進法」が制定された2013年までの社会の動き、いじめの定義の変遷について見ていきましょう。

第一の波(1986年頃):“いじめられる理由”論調に否定をする世論が形成

いじめに人々の関心が集まり、最初に社会問題となったのは1986年の東京都中野冨士見中学校の鹿川裕史君のいじめ自殺。いじめグループのリーダー格を名指しして「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ。もう君たちもバカなことをするのはやめてくれ」という遺書を残し、鹿川君は亡くなりました。通学当時「追悼の色紙」として担任や同級生が寄せ書きをし、机に花や線香を添えた「葬式ごっこ」も発覚。教育関係者らに衝撃を与えました。(出典:1992年3月27日東京新聞夕刊記事)

鹿川君いじめ自殺が社会に与えた衝撃は大きく、これまでのいじめられるのには理由がある」という論調からいじめを否定する世論を形成する土台となりました。

文部科学省によるいじめの定義(1986年)

①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

第二の波(1995年頃):“いじめられる側も悪い”という世論が払拭

第2の社会問題化は1995年前後。1994年、愛知県の中学2年の男子生徒・清輝君(当時13歳)の自殺が契機です。葬儀後に発見された遺書から判明した、悲惨ないじめの事実が社会に衝撃を与えました。  

現金の要求は10回以上にわたり、総額110万円。清輝君は好きなゲームソフトを売ったり、散髪代を浮かしたりすることでお金を工面していました。遺書には川で顔面を無理やり水の中につけられ、川の中で足をかけられて息ができず、力づくで押さえつけられるという恐怖を与えたいじめが図入りで書かれていました。中学校のコンピューターの授業で作った星座表の下には「お父さん、お母さん、僕を生んでくれてありがとう」とのメモ書きが貼られていました。

この事件は連日報道され、その後もいじめを苦にした子どもの自殺は相次ぎます。恐喝・強要・傷害等が起きるケースから、“いじめは絶対に悪い”という世論が決定づけられました。

文部科学省によるいじめの定義(1994年)

いじめとは、①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお起こった場所は学校の名内外を問わない。個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。

第3の波(2005年頃):いじめ問題に対する“隠蔽体質”の浮上

第3の社会問題化は、2005年前後。2005年に、北海道滝川市立小学校6年の女子が教室で自殺。教室の教師用机に7通の遺書が置かれていました。遺族が新聞社に遺書を公開し、マスコミが報道。当初、教育委員会は「いじめについて学校からの報告を受けていない」「いじめがあったと考えていない」と回答しています。事件から1年以上が経過した翌年10月、全国紙に記事が掲載されてようやく、教育委員会は経過説明といじめのサインを見逃したことを謝罪しました。

その後の教育委員会の会議では、「子どもの気持ちになって考えるという基本的な配慮に欠けた」と指摘。ようやく、遺書を踏まえていじめと判断されたのです。教育委員会の記者会見は“マスコミで大きく報道されたのでやむなく認めた”と取れる内容で、世論の強い反発を招きました。この頃から、学校や教育委員会の“隠蔽体質”が問題として浮上してきたのです。

また、2006年には1年間でいじめが原因の自殺が10件、自殺未遂が2件、文部科学省に寄せられた自殺予告の手紙は38通を数えました。

文部科学省によるいじめの定義(2006年)

個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係にある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

第四の波(2011年頃):「いじめ防止対策推進法」の制定

2011年、滋賀県大津市立中学校の2年男子生徒が飛び降り自殺をしました。ハチの死骸を食べさせられる・鉢巻きで首を絞められる・自殺の練習や金銭の強要・万引きなどが判明。加害者は「死んでくれてうれしい」と話し、自殺後も被害生徒の顔写真に落書きをするといった信じられない行動も判明します。学校が警察から強制捜査を受け、社会の大きな注目を集める事件となりました。

大津市教育委員会は学校が行ったアンケートの内容では事実関係が確認できないと公表せず、いじめと自殺の因果関係も不明と結論づけます。学校はアンケートに「自殺の練習をさせられていた」という回答があったにもかかわらず事実関係の調査をせず、結果も公表せず、市教委にも「新しい事実は確認できなかった」と報告。学校と教育委員会の隠蔽体質が発覚し、大きく報道されました。

世論をも大きく動かしたこの事件が行政に与えた影響は大きく、2013年6月「いじめ防止対策推進法」が制定。教育現場での隠蔽体質が問題視され、重大ないじめの場合は自治体や文部科学省への報告義務が課せられました。また、各学校にいじめ対策の組織を常設することも定められました。

いじめが社会問題として大きく注目された時期には、波があります。けれど、いじめは新聞報道で注目され社会問題化したから発生しているわけではありません。報道により社会が注目しただけで、いじめ発生自体に目立った波やピークはないのです。

1986年から2013年までの流れは、いじめられている子どもの心と命と未来を守るためのものです。そして、いじめの定義は法律の中だけのものではありません。教育の現場で、子どもたちにも分かりやすく理解される必要がある大切なものです。

いじめは、どの学校でも起こりうる可能性があり、多くの児童生徒が被害者と加害者になりうる可能性があり、被害者と加害者はある日入れ替わることもあるという事実を認識することが大切です。

現在のいじめ対策はどうなっている? 

2013年に定められた「いじめ防止対策推進法」に基づき、国は「いじめ防止基本方針」を策定。その方針や計画が実行され、その成果を検証し、次年度以降の方針・計画の改善に役立てるように「いじめ防止協議会組織」を設置して、法に基づく取り組み状況の把握と検証を行っています。

国の取り組み

いじめ防止のために、国は次のような取り組みを実施しています。

  1. いじめ防止
    豊かな心を育成する道徳教育・コミュニケーション活動、いじめ対策の人材・資質能力向上・子どもの主体的な取り組みの推進。保護者へのワークショップ・学校・家庭・生徒会・地域の連携協力。
  2. 早期発見
    市町村・都道府県のいじめの早期発見と適切な対応を促進。
    幅広い外部専門家の活用として、第三者的立場から調整・解決する取り組み・いじめ問題等支援チームを配置。
    スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの活用。
    相談電話体制(24時間相談ダイヤル)。
  3. いじめへの対処
    文部科学省と教育委員会・学校との連携を強化。
    子ども安全対策支援室を設置し、重大事態が発生した場合は学校・教育委員会がその原因・背景について把握、迅速に効果的な対応が行える支援をする。
    いじめ問題アドバイザーを配置。いじめ問題への効果的な対応について、専門的な見地から助言を得られる体制をとるために、文部科学省に設置。
    学校と関係機関の連携を促進する。
  4. 教員が子どもと向き合うことができる体制の整備として、35人以下学級の推進など学級規模の適正化のための教員増員。いじめ問題への対応など、学級運営の改善充実のための教員増員など。

【参考:「いじめ、学校安全等に関する総合的な取組方針」(文部科学省)】

各自治体の取り組み

国の方針に基づき、各自治体でも「地方いじめ防止基本方針」を策定。「いじめ問題対策連絡協議会」を設置します。学校いじめ防止基本方針に、年間を通じたいじめ防止のための取り組み状況(いじめの早期発見のためのアンケート、個人面談・いじめ事案の対処、校内研修の実施状況)を位置付けました。

いくつかの特徴的ないじめ対策・具体的な取り組み事例を紹介しましょう。

【鹿児島市】
鹿児島市では「鹿児島市いじめ防止基本方針」で定めた内容から、教職員用の「いじめ対策必携」ハンドブックを教育委員会が作成。教職員の共通理解を図り、未然防止・早期発見・早期対応の取り組み、年末の取り組み状況振り返り、いじめ問題が起こった時の対応の共通理解、子どもの表情・様子を観察する際の観点として活用できるものとなっています。
【参考:鹿児島市教育委員会事務局 教育部 青少年課鹿児島県 いじめ対策必携

【滋賀県】
滋賀県のある中学では未然防止のための授業、相談室・保護者サロンの開催に取り組んでいます。また、各学期ごとにストレスの理解と対処法を学ぶストレスマネジメントを1回、自己肯定感や対人関係能力の向上を図るアサーション・トレーニングを1回実施。いじめに発展しそうなシナリオを用意し、ロールプレイングによって自分も相手も尊重するシナリオに書き換え、いじめについて生徒自身が考える機会を設けています。
【参考:文部科学省「いじめの問題に関する取組事例集」> 

いじめの未然防止は早期発見・早期解決とともに重要です。相談室での居場所作りや保護者同士の支え合いの機会は、いじめの早期発見・解決・未然防止のための優れた取り組みといえるでしょう。

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いじめがなくならない7つの理由

いじめを防止する対策や取り組みはあるのに、なぜいじめはなくならないのでしょうか。「いつかわが子が、当事者になるのではないか」。そんな不安を抱く親も少なくないでしょう。本章では、いじめがなくならない理由を考えてみます。

1.教室から失われた善悪の価値観

いじめ問題が解決されない原因の一つに、教室から善悪の価値観が失われたことが挙げられます。いかなる理由があっても、いじめは絶対に許されない行為だという価値観が失われているのです。

いじめは、規律の低下で起こります。暴力・いじめ・授業態度の乱れ・遅刻・欠席といった問題行動の原因は、学校の規律の乱れから起こることもあるのです。

いじめをなくすためにはこの善悪の価値を教師が、子どもたち一人ひとりに身に着けさせる教育が大切です。学校でいじめ防止授業の後、必ずといっていいほど先生方が言葉にされることがあります。「頭では理解できるのですが、なかなか毎日の生活で行動にまで移すことは難しいです」と。頭で理解したことが心で納得して初めて、“いじめない”という行動に移せます。繰り返し繰り返し、毎日のいろいろな人間関係のシーンで、地道な指導や学習が求められます。

2.“生徒の自主性を重んじる”にひそむ誤解

“自主性を重んじる”という言葉は、時に規律を軽視して全てを信頼関係で指導するという方向に傾くことがあります。それが、自分勝手なエゴの自由となることもあるのです。

真の自由とは規律を尊重し、規則の範囲内で自由を選択し、規則違反をすれば必ずその責任を取らされるということだと私は思います。

3.失われた権威と責任逃れの民主主義

ある日、学校で「先生、こんなことも知らないの?」と教師をからかう子どもの声を耳にしました。教師に対する子どもの尊敬心が薄らいでいると感じます。

塾が学習のもう一つの場となり、ネットで世界は一つになり、夏休み前の教室では「夏休みは、家族とアメリカに行くの!」という会話が聞こえます。子どもが、大人よりも先に知らない世界を体験することが増えました。教室にあった“知らない知識を習得する場”としての権威が失われつつあると感じます。

そんな教室の中で、いじめに対して“互いが話し合って解決する”という責任逃れの誤った民主主義がはびこりました。

教師はいじめる者を指導し、いじめられる者を責任を持って守る義務があります。学びの場としての尊敬と権威の喪失、教師の責任の曖昧さがいじめを助長するのです。

また、外の目が入りにくい学校環境が隠蔽体質を生み、いじめ問題の解決を難しくしたことも一因です。

4.塾と学校というダブルスクールのストレス

文部科学省の「全国学力・学習状況調査」(2017年)によると、小学生の通塾率は46%、中学生の通塾率は61%。

通塾により生活のリズムが変化し、夜遅くまで勉強する子どもも多いことでしょう。子どもにとっては大きな負担であり、学校での授業よりも進んでいるために“授業が面白くない”と感じたり、ストレスが溜まりやすかったりという精神状態になることもあります。優秀な児童・生徒でも、いじめる側に回るというケースが実際にあるのです。

5.スマホとゲームで失われる命への感性と共感力

 内閣府の「青少年のインターネットと利用環境実態調査」(令和2年度)によると、小学生のスマホ所有率は2020年時点で53.1%と過半数まで増えています。

小学生がスマホで行う行動のトップ3は、

1位:ゲーム 71%
2位:動画視聴 61%
3位:コミュニケーション 44%

中学生になると、スマホ利用は70~80%にまで広がります。40~60%が毎日1時間以上の利用し、40%以上もの子どもが午後10時までインターネットを利用していることが分かりました(参考:モバイル社会白書)。

日本は、OECD(経済協力開発機構)の中でICT教育環境が遅れているといわれています。インターネットを宿題に活用するのは、わずか3%。OECDの平均は22%。逆に、チャットは85%、一人でゲームをする割合は48%。どちらもOECD加盟国の割合を上回っているのです。

大人の目の届かない場所で行うことの多いインターネット環境もまた、いじめ問題を助長しているものと考えることができます。ゲームに夢中になると、人と関わる時間が圧倒的に減少し感性が乏しくなる可能性もあるのです。

以前、少年事件が起こった際に児童生徒の“生と死”のイメージに関する意識調査が行われました。「死んだ人が生き返ると思いますか」という問いかけに対し、「はい」と答えた小学生は、15.4%もいたことが驚きです。理由は、「テレビや映画で生き返るところを見たから」「ゲームでリセットできるから」でした。

核家族化が進み、身近で命の誕生や死を体験することが少なくなりました。そして、ゲームに向かう中で命に関する感性が弱まってしまっている側面があるのです。

“いじめられると辛い、悲しい”という相手の心の痛みを、自分のこととして感じる心が共感性です。今の子どもたちは集団生活や遊びを通して共感性を培うという経験が少ないということも問題なのだと感じます。

6.子どもを取り巻く放課後環境の変化

放課後や休日の子どもたちの過ごし方にも変化はあります。近所の公園や空き地、校庭で遊ぶ子どもが少なくなりました。スマホやゲームと向き合うという遊びの質が変化したことにより、コミュニケーションがとれない、友達の作り方が分からないという子どもも増えています。

また、以前は同級生だけではなく年上や年下の異集団との交流からも人間関係の結び方を学んでいました。この機会が少なくなっていることもまた、いじめの原因を作っていると考えられます。

7.諸外国と比べて低い自己肯定感

日本の若者は、諸外国と比べて自己肯定感が低いといわれています。内閣府の「平成26年版 子ども・若者白書」によると、「自分自身に満足している」と答えた若者は45.8%。アメリカの86%、イギリスの83.1%と比べても低いことが分かります。

また、「自分には長所がある」と答えた若者(16歳~19歳)は68.9%。アメリカ93.1%・ドイツ92.3%といずれも日本の若者の自己肯定感の低さが表れた結果となっています。日本人の自己肯定感の低さは、10歳で既に顕著になっていることも示しています。

人との比較ではなく、今の自分をそのままに認めることができるのが自己肯定感。結果や他からの評価ではなく、頑張った自分や努力している自分を認められることができると心は安定します。自己肯定感の低さにより、他者との比較に苦しみ、いじめることでそれを解消するような心が生まれやすくなります。

いじめがなくならない理由は、私がこれまでいじめ問題に取り組んできた中で見えてきたものです。もちろん、これだけが理由というわけではありません。さまざまな問題や理由が複雑に絡み合い、その状況も学校や子どもによってそれぞれ異なります。後編ではいじめ問題の今後、私たち大人が子どもに伝えるべきことについてお話ししましょう。

いじめ問題の現状。なぜ学校でいじめがなくならないのか?<後編>【連載 いじめのトリセツ Vol.2】
いじめ問題の現状。なぜ学校でいじめがなくならないのか?<後編>【連載 いじめのトリセツ Vol.2】
栗岡まゆみさんの連載2回目。前編ではいじめ問題に取り組む社会の動きといじめがなくならない原因について解説しました。後編では、「いじめゼロ」を目指す栗岡さんの考え.....

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栗岡まゆみ

一般財団法人いじめから子供を守ろう!ネットワーク東京代表、JAÐP認定チャイルドコーチングアドバイザー。いじめ相談の他、9000人の児童・生徒に夢を描く心の力でいじめのないクラス作り授業・親子コミュニケーションセミナー・教師向け研修・シンポジウムを行う。ラジオ教育番組パーソナリティー・ラジオ日本・エフエム三重・ラジオ大阪などの出演、新聞掲載等幅広く活動している。著書に『いじめゼロを目指して~いじめ防止授業5000人の現場から~』(文芸社)『いじめっ子・いじめられっ子にならない7つのルール』(kindle) など。 栗岡まゆみ公式サイト(https://www.kurioka-mayumi.org/)

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