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2022.05.03

学校の勉強についていけず落ちこぼれだった僕が東大に合格するまでと親と対立した日々について

中学校までは成績優秀。将来は親と同じ医師になることを信じて疑わなかった長澤啓さん。しかし、高校では授業についていけず、定期テストも思わぬ順位に!そんな彼が東大生になるまでの話を聞きました。

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お話を伺ったのは…

長澤啓さん学習支援塾ビーンズ塾長

福岡県出身。東京大学経済学部卒。大学在学中より、不登校・勉強嫌い・無気力に悩む中学生・高校生のための塾、「学習支援塾ビーンズ」で講師を務める。現在は、自身の経験を活かし、毎月100件以上のやり取りを通じて保護者とのコミュニケーションに注力しているほか、塾長として講師の採用育成プランの策定から、受験対策の立案、経営企画などを行う。

3番以内に入る予定の定期テストで270番

現在、学習支援塾「ビーンズ」で塾長を務める長澤啓さん。東大卒という優秀な学歴をもち、柔和な人柄が印象的な彼ですが、高校時代は成績が低迷し、いわゆる落ちこぼれだった過去があります。

「わが家は父が開業医で母は高校教師。母親は僕の教育にも熱心な人でした。『いい大学に行け』とは言いませんが、『勉強をして教養を高め、人を助けるような生き方をしなさい』というのが教育方針。小学校の頃から『勉強をしなさい』と言われて育ちました」(長澤さん、以下略)

そんな母親の思いに応えるように、中学の定期テストで首位を取るだけでなく、中1の夏までに中学3年間分の勉強をすべて終わらせていたそう。

「良い意味で母の影響が強く、成績のために勉強するというよりも、新しいことを知ることが楽しくて勉強をしていた気がします。とはいえ、本気で勉強していたのは中1の夏まで。以降は、あまり勉強してませんでした。中3になると高校受験のために塾に通い始めましたが、3分の2はサボってました(笑)。それでも中学時代に勉強で困った記憶はほぼありません」

高校受験もほとんど勉強をせずに、県内有数の県立高校に合格。まさに順風満帆といえる長澤さんの学生生活でしたが、高1の1学期で風向きが変わります。

「高校に入ると中1までの勉強貯金が尽きてしまったんですよね。成績は低空飛行するようになりました。授業についていけず、特に数学と英語はにっちもさっちもいかなくなって、授業中はずっと電子辞書をいじって遊んでいました」

勉強をしようと思ってもどうすればいいのか分からないまま、初めての中間テストが実施されて結果は400人中270番。

「当時、(僕は)父親が卒業した大学の医学部に行くつもりだったんですが、その大学の医学部に行こうと思ったら、3番以内にはいないといけないんですよ。これまで学年1位が当たり前という成績だったので、『あれ?これはやばい』と…」

長澤さんのお母さんも成績に驚愕して「こんな成績ありえない!」と叱責。心の中では「勉強しないと」と思っていましたが、母親への反抗心も相まって完全に勉強が嫌いになったそう。

「勉強のことで怒られたのは初めてではないですが、高校生なので思春期真っ盛り。自我も強くなっているので、母親に言われたから勉強しようなんて思えませんよね。母親に対しては『うざっ』としか思えず、家ではダラダラとスマホをいじる生活をしていたので母親との争いは絶えませんでした」

強がっていたけど本当は傷ついていた

心の中では勉強が嫌いだと感じていでも、周囲には「勉強が好き」と言っていたという長澤さん。

「矛盾しているように感じるかもしれないですが、自分が自分を評価するための一番の軸が偏差値になっていたんです。だから『勉強が嫌い』と言ってしまうと自分が自分を評価できなくなってしまうので、言えなかったんです」

ですが、成績は下がっていく一方。“こうでありたい自分の姿”と現実とのギャップにとても傷ついていたと思うと長澤さんは当時を振り返ります。

「本当は悔しいし、悲しいのにそれを表すことができなかった。だからプライドを保つために周囲には『成績は悪くても俺は地頭がいいから』『哲学書とかを読んでるから勉強する時間がないんだよ』と言っていたんですよね。今、思うと本当に恥ずかしいですけど(笑)」

勉強することを遠ざけた親子関係

また、「勉強しよう」と思ってもできなかったのは、自身の意欲だけでなく環境にも原因があったよう。

「勉強をしようと思っても、母親とは対立しているし、家庭が安心できる場所ではなかったんですよね。落ち着いて勉強に集中なんてできません。ほかにも、学校が遠方で毎朝早く家を出ないといけないから、常に眠くてお腹も空いていました(笑)」

特に長澤さんと母親の関係は、学年が進むほど悪化していきました。

「母親から言われたらこちらが2倍で返すし、母親もこちらから2倍で言われたら4倍で返し、それが8倍、16倍になっていき…という感じで言い合いがどんどんエスカレート。高3の頃には、親子で話し合うというより怒号を飛ばし合う感じでしたね。互いに手は出ませんでしたが、僕はお皿を床に叩きつけて割ったり、壁を殴ったりしていました」

成績も400人中369番にまで落ちていましたが、その頃には、もう親に成績表を見せておらず、成績表に必要な保護者のサインは自分で偽装して書いて学校へ提出していたそう。

信頼できる大人の存在が気持ちを変えた

成績は上がらず、親との関係は悪化の一方。それでも大学受験はやってきます。長澤さんの気持ちを理解してくれて、頼れる存在だったのは家庭教師の男性でした。

「当時は九州大学理学部の院生で理系なのに漢文を白文で読みこなし、歴史や哲学にも詳しい本当のインテリで僕はすごく信頼していました。僕と母親の間に入ってくれて僕も彼の言うことなら素直に聞くことができました」

家庭教師が長澤さんに「今はこんな成績だけど、君なら東大に行けるし、東大で面白い人たちと出会えるよ」と言ってくれたことで、高3の冬から再び勉強に前向きに取り組み始めた長澤さん。自身の学歴への”べき論”を否定されることなく、自分の可能性を認めてもらえたことが本当にうれしかったと振り返ります。

しかし、東大の壁は高く、現役での受験は、やはり不合格。浪人1年目は、母親と距離を置くために家を出て、家庭教師が開業した塾の近くで一人暮らしを始めました。

「スマホも解約して勉強に集中できる環境をつくり、1日10時間以上、中1の夏ぶりに本気で勉強をしました。残念ながら、数点足りずに東大合格には至りませんでしたが、物理的な距離を置いたことでお互い冷静になれたのか、母親との戦いは沈静化しました」

実家が安心して勉強できる環境になったことで2浪目は家から予備校に通い東大に合格した長澤さん。

「正直、1年目で死ぬほど勉強したので、浪人2年目は勉強へのやる気が薄れていました。毎日、予備校をサボって本屋で哲学者や洋書を読みふけってました。ですが、このことが結果的に英語・国語・世界史・日本史の成績アップにつながっていたのではないかなと思います」

勉強=子どもの価値ではない

高校時代に勉強のことで傷つき、母親とも対立した長澤さん。長澤さんが塾長を務める学習支援塾ビーンズにも学校の勉強についていけずに苦しんでいる中学生・高校生はたくさんいます。

「勉強で苦しんでいる子にまず伝えたいのは、『成績が悪くても、君の価値は変わらないよ』というメッセージですね」

また、わが子に対して「もっと勉強をしてほしい」と願う保護者には次のように話します。

「まずは家庭を子どもが絶対に安心できる場にして、子どもが信頼できる”親以外の大人”を見つける手伝いをすることが重要です。そのあと、信頼できる大人の助けを借りて順を追って勉強していけば、成績は上がりますよ」

学生時代の経験を経て、今、子どもに寄り添う立場だからこそ伝えたい思いもあります。

「親に対しては『もう何もしたくない!俺は生活保護でも生きていける』と言っている中学生・高校生でも、本当は学歴や学力に対して『こうであるべきだ』という学歴至上主義に似た自身の考えがあり、とても傷ついています。さらに、親の心配や不安を感じ取り、自分が親を不幸にしていると思っています。

親が『成績が悪くてもあなたが生きていてくれたら私は幸せ』というところまでわが子への基準値を下げてくれると、子どもは安心して自分のことに専念でき、勉強をはじめ、さまざまなことに努力できるようになります。なかなか難しいことですが、わが子に向き合う際の考え方の一つとして知ってもらえるとうれしいなと思います」

浜田彩

浜田彩

エディター、ライター、環境アレルギーアドバイザー。新聞社勤務を経て、女性のライフスタイルや医療、金融、教育、福祉関連の書籍・雑誌・Webサイト記事の編集・執筆を手掛ける。プライベートでは2児の母。

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