教育は未知にあふれている

ソクラテスのたまご

2019.10.07

【いじめ・体験談】辛い経験で確立できたアイデンティティ。そして親になったいま思うこと

埼玉県在住、都内大手企業で海外営業として活躍するみのるさん。父親の仕事の関係で転校が多く小学4年生の時、転校先の学校でいじめに遭います。学校も勉強も大好き、もともとは快活な少年だった彼にとってよほど辛い出来事だったのでしょう、当時の記憶には曖昧な部分が多いといいます。その後は殻に閉じこもる性格に変わってしまい、そこから脱却することができたのは自分自身としっかり向き合う時間のできた大学時代だったそうです。

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“転校生”という目立つ存在がいじめの発端に

父親の仕事の関係で、転勤族だったみのるさん一家。2年に1度の頻度で引っ越し、みのるさんはその度に転校を繰り返していました。いじめを経験したのは鹿児島から東京都内の小学校に転校した、小学4年生の時。

 

「原因は何だったんでしょうか…思い当たることがないんですよね。でも、転校生って目立つじゃないですか。もともと学校も勉強も大好きでわりと活発な子どもだったのでそれで目立って、鼻についたのかもしれません。転校して1~2ヵ月経った頃からいじめが始まり、トイレに閉じ込められたり水をかけられたり、教室の机が移動されていたり…」

 

転校して3ヵ月ほど経った頃、どんどんエスカレートするいじめに耐えられなくなったみのるさんは体調不良を理由にして約1ヵ月、不登校に。しかし、学校を欠席していた期間の記憶はうろ覚えで後から母親に聞いて知った事実もあったそうです。

 

「いじめられた記憶はあるんですけど、よほど辛かったのでしょうね。学校を休んでいた頃、不登校だった時の記憶があまりなくて。ただ、両親から学校に行かないことを責められたり問いただされた記憶もないんです。いじめのことは学校から報告を受けた部分もあったようですし、センシティブになっていた僕を見守ってくれていたんだと思います」

 

いじめで辛い思いをしていた時に思い出したのは以前、通っていた小学校の友達のこと。「助けてほしい、友達に会いたい」と願いますが、連絡手段が分からず孤独を抱えたまま時間が過ぎていきました。

 

 

自我と人間関係にしこりを残したままの10年間

不登校だった期間は、ひとり自宅で過ごすことが多かったみのるさん。“なぜ自分は受け入れてもらえないのか”が分からず、その気持ちを誰かに相談することもできません。しかし、そんな中でも救われた出来事はありました。

 

「『野球やろうぜ』って誘いに来てくれたクラスメイトがいて、野球チームに入れてもらったんです。それが本当にうれしくて。不登校時の記憶があまりないのにもかかわらず、このことはしっかり記憶に焼き付いていますから。それと、2日に1度はクラスメイトが宿題を届けてくれて。一言二言、言葉を交わす程度で母が応対することもあったんですが、うれしかったですね」

 

そんな出来事もあり、徐々に学校へ行けるように。しかし、いじめが完全になくなったわけではなく小康状態が続きます。そして、そのまま父親の仕事で再び転校。以前は快活な性格だったみのるさんですが、いじめの経験を機に必要以上に人の目を気にする性格になってしまったといいます。

 

「『こう言ったら笑われるかな』『〇〇君は機嫌が悪そうだな』って、常に警戒して過ごしていたように思います。そのままずっと、自分の中でモヤモヤした状態が続いていました。転機になったのは、大学4年生の時。大学の交換留学制度で1年間マニラに留学したんです。このまま社会人になったら自分の中のモヤモヤを解消する時間も手段もなくなると思って、学生の間になんとかしないとなって。留学については両親には事後報告だったので驚かれましたが、賛成してくれましたね」

 

 

 

 

日記をつけることで得られた自分のパーソナリティ

みのるさんが留学してすぐに始めたのは“日記”。自分が抱えるフラストレーションの正体は何なのか、その気持ちを晴らすにはどうすればよいのか。自分の思いを日々、つづっていたそう。

 

「日記を始めて1~2ヵ月経った頃でしょうか、パチン!と風船が割れるような感覚があったんです。言葉で表現するのが苦手だったのですが、文章にすることで自分を表現することができたんですね。ひたすら自分の内面と向き合っているうちに悟りが開けたような。『自分は自分のままでいいんだ』って。それと、一番助けられたのはフィリピンの国民性でしょうか。明るい性格の現地の人たちと1年間一緒に過ごしたことも大きかったと思います。それまでの人間関係は相手の深部に入り込まない広く浅くというものだったんですが、好きなことを好きなように好きなだけできるという1年間の留学期間により今までとは違う質、違う世界の人間関係を構築できるようになりました」

 

本来の自分と学校や外で振る舞う自分とのギャップに悩み、トンネルを抜けるまでに10年という長い時間がかかりましたが「それも自分にとって必要な時期だった」と話してくれました。

 

 

味方の存在が心の支えになると思うから

大学卒業後はメーカーに就職し、留学時に得た自信と度胸、英語力を生かし海外営業部員として活躍。結婚した現在は3人の子どもの父親でもありますが、中学1年の長女が特定の男子にいじめられ悩んでいるそう。みのるさんはそんな長女に、どのように接しているのでしょうか。

 

「僕の両親がそうだったように僕も見守りつつ、娘の気持ちを引き出せる親でいたいと思っています。泣いている娘を抱きしめ、落ち着かせてあげるのは妻の役目。僕は話を聞いてあげるくらいしかできません。妻は『ただいま』の声のトーンだけで心の変化を感知できるし、やっぱり母親には話せるけど父親には話せないという部分もあるんですよね。だから『お父さんは味方だよ、いつもそばにいるから』っていうことだけは伝えています」

 

自身の経験から、親の対処の仕方が重要だと考えるみのるさん。当時の自分の気持ちを思い出しながら、長女と接しています。

 

「無理に話を聞き出すようなことはしません。言葉にならない思いを抱えていると察した時は何も言わずに抱きしめます。話したくなったら話すでしょうから。親が子どもにしてあげられることは限られています。でも、“味方がいる”と感じることで強くなれると思うんです。僕自身、親の対応や野球に誘ってくれた子、自宅を訪問してくれた子がいたのはうれしかったし救われました。実は、プリントを届けてくれていたクラスメイトの一人とはずっと年賀状のやり取りをしていて、大人になってからSNSで彼を見つけてコンタクトを取ったんです。とても良い友人関係が続いています。娘にも、僕たち家族以外にも味方がいるはず。僕は娘の最強の味方として彼女を否定せず見守り、全てを受け止めてあげたいと思っています」

 

「ソクラテスのたまご」編集部

「ソクラテスのたまご」編集部

教育に関する有識者の皆さまと一緒に、子を持つお父さん・お母さんでもある「ソクラテスのたまご」編集部のメンバーが、子どものために大人が知っておきたいさまざまな情報を発信していきます。

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