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2019.08.05

【不登校・体験談】小2から家にこもりがちだった私が楽しい高校生活と充実した今を過ごすまで

滋賀県に生まれ育ち、今も故郷で暮らすまいたろさん。小学校への入学当時からいじめにあい、小学2年生から中学3年生まで不登校を選択した彼女は、現在、ミュージシャンとなり表現者として活動しています。「不登校だったことをまったく後悔していない」と力強く語る彼女に、これまでの半生と当時への思いについて聞きました。

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同級生、上級生からのいじめと信頼できない教師

小学校の入学式直前に急病を患い、同級生より1週間遅れで小学校生活をスタートさせた、まいたろさん。同じ保育園から進学した子はほとんどおらず、誰がどんなキャラなのか、クラス内の力関係はどうなっているのか分からないままいじめが始まったそうです。

「遅れて通い始めたから目立っていたうえに空気が読めていなかったんでしょうね。体格も態度もデカいリーダー格の女の子に『それはちゃうやろ』みたいな反論をしてしまい、通い始めてすぐにいじめのターゲットにされたんです。クラス全員にシカトされたり、チョークの粉をかけられたり…」

いじめについて、両親とともに担任教師に相談したそうですが、教師はまったくあてになりませんでした。

「リーダー格の子は演技が上手で、先生の前では『そんなつもりはなかったんです』と言って泣くんですよ。先生もまんまとだまされて『握手して仲直りだ』と形式だけの解決をしておしまいです」

そんなことで、いじめがなくなるはずはなく、先生のいないところで『何、チクってんねん』と言われて状況は悪化するだけ。さらに、2年生になると、不登校になる決定的な出来事がありました。

「登下校を一緒にしていた上級生にもいじめられていたんですが、ある日、トイレに入っていると上からバケツで水をかけられたんです。クラス替えもないからクラスのいじめもなくならないし、先生も味方に思えないし『あ、もうダメだ。逃げよう』と思って、母に『もう学校行きたくないんやけど、行かなくていい?』と言いました。親はすんなり受け入れてくれましたが、もし親からも『学校に行け!』と言われていたら、本当に居場所を無くしていたし、『もうちょっとがんばってみたら』と言われたら『もうがんばれないよ!』と絶望していたかもしれません」

学校を休み始めると担任教師が毎日のように家に来ていたそうですが、まいたろさんにとっては負担でしかなかったそう。

「私の中で『もう行かへんぞ。あそこ(学校)は私がいるべき場所じゃない』という強い気持ちがありました。親も先生に『来てもらっても何も変わらないので(もう来ないでください)』と伝えていました」

自宅での日々からフリースクールへ

学校へ行かない日々は、同じく不登校だったお兄さんと一緒にゲームをしたり、当時はまだ子どもが扱うことは珍しかったパソコンでホームページを開設したりなどをして過ごしていたというまいたろさん。

「ただ、学校へ行かない状況だから気持ちがラクなのかといえば、そうではなかったですね」

その後、6年生のときにフリースクールへ通い始めます。

「母が不登校の子がいる親向けのカウンセリングを受けていたんですが、施設の隣にフリースクールがあったんです。一緒に行ったとき、同年代の子たちの笑い声が聞こえてきて『ちょっと顔を出してみようかな』って思ったんです」

何年かぶりに通える場所を見つけた彼女。しかし、指導員から「最終的には普通の学校に行けることを目標に」と言われて「通える場所を見つけただけでもすごいのに、なんで普通の学校に通わなければならなあかんのかなぁ」とモヤモヤしていたそう。

さらに、中学生になると別のプレッシャーが彼女を追い込みます。

「中学生になったらフリースクールの指導員が急に『もう中学生なんやからちゃんとしとき!』と言うようになったんです。私は『ちゃんとって何? 自分の中ではしっかりしているつもりやねんけどな』と戸惑いました。指導員からしたら『普通の中学生だったらこれくらいはできるだろう』っていうイメージに近づけたかったんでしょうけど…

指導員の「みんな(ほかの中学生)と同じようでなければならない」という思い込みに縛られていき、次第に自分を追い込むようになっていったまいたろさん。ついに中学2年生の冬から、約半年間の入院生活を送ることになりました。原因は、強迫神経症と拒食症です。

入院中に判明した学習障害で心の負担が軽く

入院当時は、命が危ぶまれるほど痩せてしまっていたという彼女。入院中に学習障害の可能性を主治医から教えてもらい、退院後に学習障害であるという診断がおりました。

【専門家が監修】中学生の学習障害(LD)の原因や特性、学習のコツについて解説します

フリースクールは、小学校低学年から中学生まで同じ教室だったんですが、小学校低学年の子が自分より勉強ができたり、学年が自分よりも下の子に『あんたアホやな』って思われているような気がしてたまらなかったり。『なんで私はどんなにがんばっても算数を理解できないんだろう』と、すごく苦しくて泣いていました。教えてくれる先生にも申し訳なくて、涙が止まらなることもよくありました。なので、障害だと分かって、自分ではどうしようもない事だったと分かったときは、ほんまにホッとしました」

障害が分かったことで、その後の進路にも変化がありました。

「中学卒業後の進路をどうしようか迷っていたとき、近所に特別支援学校の高等部ができたんです。夜間の定時制高校も候補に考えていたんですが、(特別支援学校の)体験入学に行ったらとても楽しくて入学することに。卒業まで通いました。。学校が楽しいと思えたのは高校の3年間だけでしたが、それでも、学校が楽しいと思える時間があってよかったと心から思います」

まいたろさんのYOUTUBEチャンネルはこちら

世間の目を気にして生きる必要はない

卒業後は、障害者は就労支援を受ける作業所へ就職したものの約5カ月で退職。その後、フリーターやフリーランスのライターとして経験を重ねる一方で、歌という自己表現とも出合い、現在に至ります。

「いじめに耐えていた自分に声をかけるとしたら、『逃げてもいいんだよ』って言うかもしれないですね。『もっと早く(学校から)逃げて、もっと外で遊べ』って。不登校中は、昼間に外へ出て近所の人から『あの子学校に行ってないの?』って言われることがものすごく嫌だったんです。だから、わざわざ家の中でひっそりと遊んでいたんですけど、親がいればもっと外で遊んでもよかったんなじゃないかな、と今は思います。自分が間違ってないと思うことには自信を持って『人目を気にしすぎるなよ』と言ってあげたいです」

さらに、大人になった今、当時は違和感を抱いたり、嫌だと思ったりしていたフリースクールの指導員に対する気持ちにも変化がありました。

「今振り返ると、学習障害が判明する前だった私でも何とか理解できるように試行錯誤をしてくれていたんだろうと思います。感謝せずにはいられません」

小学生の頃、家に閉じこもっていたのがウソのように今は活動的に過ごしているという彼女。周囲の目や思い込みに悩み、自分自身と向き合った経験が、表現者として自分らしく生きる彼女の糧になっているのかもしれません。

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浜田彩

エディター、ライター、環境アレルギーアドバイザー。新聞社勤務を経て、女性のライフスタイルや医療、金融、教育、福祉関連の書籍・雑誌・Webサイト記事の編集・執筆を手掛ける。プライベートでは2児の母。

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