「子どもたちのありのままを受け入れる」
不登校特例校・草潤中学校の学びとは
2021年4月に開校した、岐阜市立草潤中学校。中部地方初となる、公立の不登校特例校です。定員40名に対し、申し込みは約130名。不登校に悩む親子の期待と注目がうかがえます。不登校の子どもたちの学びを守るために決めたのは、「学校の当たり前をとっぱらうこと」。井上博詞校長と堀場 徹教頭に、草潤中学校独自の教えと学びについて話を聞きました。
目次
全国に17校ある、不登校特例校とは?
文部科学省の「令和元年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果調査結果」によると、小・中学校の不登校児童生徒数は18万1272 人(前年度16万4528 人)。小中学生全体の、1.9%(前年度1.7%)です。
このうち、90 日以上の欠席は小学校2万2632 人(前年度2万47 人)、中学校7万8225 人(前年度7万5588 人)。全体では10万857人(前年度9万5635 人)で、いずれも前年より増加していることが分かります。
割合にすると小学校42.4%(前年度44.7%)、中学校61.2%(前年度63.2%)。中学校の不登校が小学校より高いのは、小学校から引き続き不登校になっている子どもたちが多いということも考えられます。
年々、不登校や引きこもりが増加する中、日本には17校の不登校特例校があります。2021年4月、草潤中学校と東京都大田区立御園中学校の二校が開校。2022年4月には、世田谷区で「不登校特例校分教室」が開設予定です。
不登校特例校とは
不登校児童生徒の実態に配慮した特別の教育課程を編成して教育を実施する必要があると認められる場合、文部科学大臣が学校教育法施行規則に基づき学校を指定し、特定の学校において教育課程の基準によらずに特別の教育課程を編成して教育を実施することができる。現在、全国にある不登校特例校は全部で17校(公立学校8校、私立学校9校)。(文部科学省「不登校児童生徒の実態に配慮して特別に編成された教育課程に基づく教育を行う学校の概要」より)
草潤中学校がある岐阜市では、不登校に対してこれまでどのような取り組みを行ってきたのでしょうか。
岐阜市の不登校への取り組み
岐阜市の不登校児童・生徒は、2020年度で小学生約290人、中学生約460人。中学生の不登校が多いのは、他の地域と同様です。
岐阜市では、
- 教室以外の部屋での個別の学習支援
- スクールカウンセラーとの不登校児童・生徒または保護者との面談
- 教師、不登校児童・生徒、保護者による三者面談
といった学校での取り組みに加え、岐阜市独自の「ほほえみ相談員」の活躍もあります。
ほほえみ相談員とは、岐阜市が23の中学校に配置する支援員。不登校の子どもの家庭訪問、学校復帰のためのサポートなどを行っています。
また、岐阜市子ども・若者総合支援センター「エールぎふ」の自立支援教室では、子ども、保護者からの相談を受け、教職員と連携して継続的に支援しています。
不登校に対し、市が一丸となって解決に向けた取り組みを行っていることが分かります。
草潤中学校の学校説明会には400名以上が参加!
不登校特例校として岐阜市に開校した、草潤中学校。井上校長と堀場教頭は、「一般的な中学校とは、何もかもが違う」と話します。
開校前の説明会には岐阜県内外から222家族、400名以上が参加しました。けれど、入学できるのは岐阜市に住所がある生徒のみ。そのため、生徒の中には岐阜県の他市から転居してきた子もいます。
草潤中学校に入学を希望する理由は、家庭によってさまざま。しかし、どの保護者にも共通するのは「自分の子どもに合わせたリズムで学校生活を送らせてほしい」という願いです。
登校してもしなくてもいい! 子どもの数だけ学びの選択肢はあるから
校名の「草潤」は、中国の儒学者・荀子の「内に素晴らしいものがあれば、いつかは外にあらわれる」に由来します。
草潤中学校の生徒数は1年生13人、2年生12人、3年生15人の40人。始業は9時半で、一般的な中学校よりも少しゆっくり、1時間ほど遅く学校生活が始まります。ただし、これも“絶対”ではありません。
「学校に来ても来なくても構わないんです」と話すのは、井上校長。
草潤中学校では次の3つの学びのモデルを基本とし、子どもたちが自分に合った学びを選べる体制を整えています。
【1】毎日登校する学びのモデル
【2】家庭での学習を基本にする学びのモデル
【3】家庭で学習し、週に数日登校する学びのモデル
校則・制服・校歌・給食…学校にある“当たり前”がない!?
不登校を経験した児童・生徒は、学校に行けない自分を好きになれなかったり、親に申し訳ないと思っていたり、将来への不安を抱えていたりするなど、さまざまな悩みを抱えています。草潤中学校では生徒のありのままを受け止め、自立して生きていけるようになることを目指しています。
その実現に向けて積極的に取り入れたのが、これまでの学校になかったスタイルでした。
驚くのは校則や制服、校歌、給食など、学校にあって当然と思うものが一切ないということ。これもまた、草潤中学校の特色です。
「多くの生徒にとって、今までの学校は『不安な気持ちにさせる場所』だったことでしょう。その印象を変えるために一切の規制を取り払い、生徒たちに『草潤中学校なら通ってもいいな』と思ってもらいたい。今後、生徒たちが『校則や制服があった方がいい』と思うなら「じゃあ、どうしようか?」と一緒に考えたいです」(井上校長)
生徒たちが必要だと思うものがあるなら一緒に考える。大人が決めたルールを押し付けず、子どもたちの自主性を尊重する姿勢がうかがえます。
また、草潤中学校では個別担任というシステムを採っており、9人の教師と生徒一人ひとりが面談を行い、「この先生に担任になってほしい」と生徒自身が指名します。担任一人が受け持つ生徒数が少ないため、細やかなケアとサポートができるのも魅力です。
そして、井上校長、堀場教頭、養護教諭は“40人みんなの副担任”。学校の先生全員と距離が近いのも、草潤中学校の特徴でしょう。
学校には来てもいいし来なくてもいい。勉強する場所も教室、自習室、図書室、保健室、自宅…どこでも構いません。大切なのは、子どもたちの自発的な学びを引き出すことだといいます。
授業は、オンラインでも配信されています。タブレットさえあれば、どこでも生の授業を受けることができます。教室で受ける子もいれば、学校の自習室、自宅で受ける子も。
年間の授業時間は770時間。時間割は生徒それぞれのスタイルに合わせて
一般の中学校の標準授業時数が年間1015時間に対し、草潤中学校では、770時間。その分、個別の時間割や学習時間を設定し一人ひとりの学びに寄り添う体制を整えています。
子どもたちの時間割は、本人の希望を聞きながら担任との面談を通じて決めます。通学、家庭学習、オンラインなど学習のスタイルはどうするか、学習内容はどうするか。もちろん、「このスタイルは合わなかったな」「やっぱり、こうしたいな」と感じるなら途中で軌道修正することも可能です。
また、独自の授業として特徴的なのが「セルフデザイン」という教科。音楽、美術、技術・家庭の中から、一人ひとりが自分の興味・関心のある学習を選択して取り組みます。一般的な中学校ではセルフデザインに含まれる教科は、全ての生徒が一通り学ぶもの。しかし、草潤中学校では「学びたいな」と思える教科に集中して取り組むこともできるのです。
そこにあるのは、興味のあるテーマにとことん取り組んでもらいたいという学校の思い。“好き”を発見し熱中することで、不登校により失われがちな生徒たちの自信を取り戻すきっかけにもつながっています。
生徒の中には不登校の期間が長く、小学校の学習内容の理解が不十分な生徒もいます。その場合、時間割では「数学」でも小学校の算数を学ぶことも可能。
不足している学習内容を補いながら学習を進める中で、本人による自発的な高校受験の希望があれば、その時点で担任と受験に向けたプランを立てます。
井上校長が重要視するのは、“本人が希望しているかどうか”ということ。“高校受験は当たり前”なのではなく、選択肢の一つにすぎません。
地域の温かなまなざしも学校の支えに
「地域の皆さんが子どもたちを温かく見守ってくださるのも、大きいですね」と堀場教頭。例えば野菜の苗を提供し、植え方の指導をしてくれたのは地元の農業協同組合。その体験が楽しく、生徒から「野菜を育ててみたい」という声が上がりました。その後、張り切って作った畑にはキュウリやオクラが大きく育っています。
また、雑貨店の協力でアクセサリー作りに挑戦したことも。この体験後「将来は服を作ってみたい」と話す生徒もいたそう。
“好き”を発見し自信を取り戻すだけではなく、草潤中学校での学びが未来につながると実感できる瞬間でしょう。
既存にとらわれずゼロから…目指すのは「学校らしくない学校」
現在、登校している生徒は一日平均約7割。もちろん、登校した全ての生徒が教室で授業を受けているわけではありません。図書室で読書をしている子もいれば、保健室にいる子も。それぞれが好きな場所で過ごしています。
クラスで過ごす子は仲良しグループができることもあれば、一人が好きだから一人で過ごす子もいます。この時期の中学生らしく、友人間のトラブルが生じることもあります。ただし、生徒と担任の関わりが深く、困り事があれば相談する、じっくり話を聞いて解決していくというのは草潤中学校ならでは。
受け持つ生徒が少ないため、一人ひとりの話にじっくり時間を取ることができるのです。例えば個人面談は一人30分、その後の予定がなければ一時間話すことも。「子どもや保護者の不安が解消されるまでじっくり話を聞きたい」という、草潤中学校の懐の深さが感じられます。
「登校時と下校時、担任が保護者と毎日のように顔を合わせる場合もあるので、家庭での様子や学校での様子を伝え合うなど、コミュニケーションはしっかり取れていると思います」(井上校長)。
教師と生徒はもちろん、教師と保護者の距離が近いのも子どもにとって安心できる要素の一つ。総じて感じるのは、教師たちの熱意です。教師のほとんどが自ら志願して草潤中学校に異動、子どもたちを受け止める決意を強く持っているそう。
校長や教頭の耳にも、「昨年まで不登校だったのに、嫌がらずに学校に行っている姿を見られてうれしい」と、子どもが変わったことを喜ぶ保護者の声が多く届いています。しかし、全てがうまくいっているわけではなく、開校して間もないため手探りの部分があるのも事実。「これから取り組むべきことはたくさんありますし、学校がもっと良くなるように考えていきたいですね」と井上校長は話します。
草潤中学校が目指すのは、「学校らしくない学校」。
「学校に対する既存の概念を全て取り払い、ゼロから考える学校でありたいと思っています。私たちが目指すのは価値観を再構築し、子どもたちのありのままを受け入れる学校です」(井上校長)。
「自分で考えて、決められるようになってほしい。自分で目標を立てて、そこに向かって進んでほしいので『こういうゴールがあるよ』というのはこちらからは見せません。好きが自信につながり、ありのままの自分を好きになってほしいと心から願っています」(堀場教頭)
一人ひとりに合った道は必ずあり、そのゴールに向かって全力でサポートしたいという井上校長、堀場教頭。
2021年夏、草潤中学校は初めての夏休みを迎えました。子どもたちは一学期をどのように振り返っているのでしょうか。これまで憂鬱だったかもしれない、新学期の始まり。けれど、ありのままの自分を受け止めてくれる環境に出合えたこれからは違うでしょう。
井上校長、堀場教頭が繰り返すのは「まだまだこれから」。既存にとらわれない新しい学びの場で子どもたちが自分を好きになるように、学びたいと思えるように。草潤中学校の挑戦は始まったばかりです。
<参考資料>
文部科学省「指定の状況及び指定を受けている設置者一覧」
岐阜市「不登校特例校について」
1977年生まれ。愛媛県出身。愛媛大学卒。お茶の水女子大学大学院修了。社会科学修士。都内学習塾に勤務した後、結婚・出産を経て、2011年フリーライターに転身。現在、教育系Webサイト「みらのび」(朝日新聞社)『公務員試験 受験ジャーナル』(実務教育出版)『高校生新聞』など、教育分野を中心に取材と執筆を行う。小学生から高校生までの問題集執筆や模擬試験問題の作成にも携わる。