ひとつの方法に固執せず、多様性のある個別学習で学びの可能性は広がる/教育学者・萩原真美
萩原 真美
中学校、高等学校での教員経験を経て、現在、大学にて小学校教員を目指す学生に授業を行っている萩原さん。今回の休校がこれからの学校教育に与える影響、そして、学校主導でも無理なく行うことができ、個々の子どもに合わせた学びが可能な個別学習について話してくれました。
個別学習の限界と教員への負担とは
学校へ通う理由…。もし、小中学生の子に聞かれたら、私は「いろんな人と関わり、それぞれ違う考えがあることを知るために学校へ行くんだよ」と答えることでしょう。しかし、教員を養成する立場にある今、すぐ結論を出すのではなく、学校へ行く理由を学生たちとともに考えていかなくてはなりません。
今回の休校では、オンライン授業やテレビを使った授業を行った学校、自治体がありました。ほかにも、学校が課題を配布し、それぞれが自宅で学習を行うという公立校も多かったと思います。その中で、学校という場で今までのような形で授業をする必要はないと感じつつも個別学習の限界を感じたという人もいるのではないでしょうか。
私は、個別学習については、教員時代から研究・実践した経験から、賛成の立場です。だからこそ思うのですが、個別学習を徹底するためには、教員には相当な覚悟が求められます。
個別学習を行うと、個々の子どもによってつまづくところが違うので、勉強が苦手な子に対しても徹底的に理解できるまで指導をしていかなくてはなりません。ですが、できない子をできるようにすることは、非常に難しいことなんです。そのため、教員が覚悟を持って本気でやれるのかということが1番のポイントになります。
しかし、教員にその覚悟があれば、徹底した個別学習は決して不可能なことではありません。
例えば、授業の前半は、Youtubeやテレビを利用して知識を一斉に伝えて、後半はそれぞれのレベルに合わせた課題に取り組み、分からない部分や解けない部分は電話やオンライン、対面など、その子に合った方法で徹底的に一対一で指導するのはどうでしょう。
苦手な子はじっくり取り組める一方で、できる子はできない子を待たなくてもいいし、より難度の高い課題に挑戦する時間にもできますよね。
これまでは、全員がある程度分かるような通り一遍の指導しかできなかったのが、個別学習にも重きを置いて集団学習と組み合わせることで、40人いれば40通りのレベル・課題設定と根気強い指導ができるようになります。
単元ごとに学び方を変えていく柔軟性が必要
また、“九九や分数ができるようにする”など、知識や技能を身に着ける学習では、授業の後半に個別学習をもってくるほうが向いていますが、考えを深めたり、対立する意見を調整したり、他者の意見を聞いて自分の考えをさらに発展させたりすることが必要な授業は、授業の後半に集団学習を行うほうが向いています。
前半は自分の考えを深めるために、一人もしくは教員と一緒に「自分が何をどう考えているのか」ということを考えます。
これまでの授業形態では、自分の意見をハッキリと言える子や自信をもって考えが述べられる子の意見で議論が進みがちでしたが、大人しくてもきちんと考えている子どももいて、それぞれがじっくり考える時間を個別学習で持った上で、みんなで議論をするようになれば、今まで発言ができなかった子も参加できるようになっていく可能性もあります。
個別学習と集団学習の組み合わせ方など、授業形態は、国語ならこのパターン、算数ならこのパターンというように教科ごとに固定するのではなく、単元ごとに何が重要なのかということを考え、メリハリつけて学習を進めていくのがこれからの学校教育で必要になっていくと思います。
約100年前の学校で行われた大正新教育運動とは
学校でも個別学習を取り入れるというと、今までになかったことのような気がするかもしれませんが、今から約100年前にも子どもの個性を尊重していこうという目的で“大正新教育運動”という教育改革が行われました。
大正新教育運動とは
19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米先進諸国を中心に世界的に広がった教育改革運動が、日本において1910 ~ 1930 年代前半にかけて展開されたもの。従来の画一的、形式的な教育ではなくそれぞれの子どもが持つ特性や主体性、活動性に配慮した指導法や学習方法の開発・実践を行った。
日本では、成城学園や自由学園などの私学で、個別学習を重視した授業が行われるようになり、例えば、成城学園では、午前中の授業はいわゆる5教科を個別学習で行い、午後は子どもたちが音楽や体育など実技の教科を行っている間に、5教科の教師たちは午前中の学習内容を見直して、翌日の個別学習でフィードバックしていくという授業を行っていました。
個人的には、このように個別学習を取り入れた授業スタイルが日本の教育現場にもっと取り入れられるようになったらいいのにと思っていますが、成城学園では、個別学習を導入した結果、子どもの学力や進度に大きな差が生じてしまったんです。
しかし、今回の休校による個別学習の推進をきっかけに、インターネットなど大正時代にはなかったツールも教育現場で活用されるようになったので、できない子もフォローしていける個別学習を行うことは実現可能なのではないかと改めて考えています。
今後の学校教育に期待をしてほしい
今、これまでないほどに日本の教育システムを変えていこうという動きや熱気を感じています。ですが、5月末現在、多くの公立小中学校では、分散登校など感染予防対策を行うという工夫以外には、カリキュラムや教育システムを変えることなくこれまで通りの学校教育を始めようとしており、「学校教育が変わるかもしれない」と期待をしていた人は、がっかりしているかもしれません。
ですが、私が指導している学生は今、大学でオンライン授業を受け、個別学習を体験しています。つまり、彼らの中には、オンラインを活用した個別学習というものが選択肢として備わっています。導入するスキルやメリット、デメリットを知り、「とにかく学校に来させればいいわけではない」ということが分かっている若者や、大学で学び直している現職の教師たちが来年度から教育現場(学校)へ出ていきます。彼らは、学校を変える力になっていくはずです。
私たち教育学者も今回の経験を機に論文をまとめたり、声をあげる準備をしています。これからの学校教育が子どもにとってこれまで以上に意義あるものになっていくと信じて、教育について、学生たちと真摯に考えていきたいと思っています。
琉球大学博物館協力研究員。博士(社会科学)。専門は沖縄近現代教育史。 沖縄戦直後の沖縄が、教育によっていかに復興しようとしたかを主な研究テーマとし、沖縄独自の教科書など、沖縄戦前後に散逸した希少史料の発掘とその分析作業に取り組んでいる。 著書に『占領下沖縄の学校教育』(六花出版)、『つながる沖縄近現代史』(ボーダーインク社)、『ワークで学ぶ教育課程論』(ナカニシヤ出版)など。 第43回沖縄協会沖縄研究奨励賞社会科学部門受賞(2022年1月)。 https://www.hagiwaramami-lab.com/