いじめ問題が発生しても安心して通える対策、クラス運営をする先生とは
阿部 泰尚
いじめ問題。それは、先生の良し悪しによるものなのでしょうか。そして、6000件以上のいじめ問題にかかわってきたいじめ探偵の阿部さんから見た“いじめ問題におけるいい先生”とはどんな先生なのでしょうか。教育現場から一歩離れた場所から学校、先生たちと関わってきた彼が感じる“いい先生”とは?
先生たちのクラス運営の考え方とは
まずは教育関係者の常識であり、いじめ対策にも関わるクラス運営について説明しましょう。
教育問題を議論する教員は、よく私にこう言います。 「5月までにクラスをまとめきれないと11月頃には、クラスが空中分解しそうな状態になって、最後になんとか着陸させるような危ういクラス運営になってしまうんだよ」
4月は入学式や進級などで心機一転していることが多い時期です。ベテランの教師は、この時期にクラスをまとめ、保護者に協力させます。期限はゴールデンウィーク休みに入るまで。休み明けには、それがどのくらい緩むかなどを観察し、5月末までにクラスをまとめられれば、行事も相まってクラス運営をスムーズに行えるようです。
しかし、5月末までにまとめきれないと6月に綻びが出たまま夏休みを迎えます。夏休みは生徒の気持ちが緩むことが多く変化が生じやすい時期。その時点でクラス崩壊路線に乗ってしまうようです。
だから、ベテランの教師は、初めの4月にクラスをどうまとめていくか、保護者にどう協力してもらうかを表明することが多いのです。
公立中学校でクラス担任を毎年行っているAさんは、一番初めにクラスのルールを定めてディスカッションを行うそうです。 子ども達も初めは様子を見ながら行動しているから、まとめるのはさほど難しくはないそうです。それよりも保護者の協力を取り付ける方が大変なんだそう。
つまり、クラス運営に保護者の協力は不可欠であり、その肝は4~5月だということ。どんなにいい先生でもひとりでクラスをまとめることはできないということは知っておきましょう。
いじめ問題はどんな学校、クラスでも起きる
しかし、どんなクラスでもいじめが発生する可能性があります。国立教育政策研究所のいじめ追跡調査によれば、小学4年生から中学3年生までの6年間でいじめを“受けた”もしくは“した”ことがある児童生徒は9割にも及びます。
データは嘘をつきませんから、いじめに対応できる教師はこのデータを踏まえた上で「いじめは起きるもの」という考えをもっています。
つまり、いじめに対応ができる教師は、いじめゼロ宣言などという幻想は抱かず早期発見早期対処を心掛けています。そして、対応できるうちに徹底していじめの根を根絶しようとします。
なぜなら、早期対処できずにこじれて被害が酷い状態になると、教師に許された指導範囲を超えて、収拾がつかないいじめになってしまうからです。
そして、早期対処できる教師は、いじめの芽を叱りつけるのではなく、“よりよくするためにはどうすべきか”という視点で、叱ることより諭すことでいじめの芽を刈り取ります。生徒も人であるから失敗や誤った判断をしてしまうこともあるという前提をもっているのです。
先入観をもたず生徒のことを観察している
さらに、私の経験によると、いじめの早期発見力が高い教師は生徒をよく観察しています。そして、教員社会で多く見られる“私の生徒はみんな良い子”という理想は捨て、先入観なく生徒と向き合います。
多くのいじめは、教師がいないところで起きますが、小さな変化を見ることができる教師は「何かあったな」と感じることができるのです。
よく観察をしているからこそ、正義感がもともと強い子やまわりを見て動く子などもしっかり抑えています。
また、いじめの被害者はよくいじめ行為を隠しますし、いじめの加害者も同様ですから、直接聞き出そうとするような愚策はしません。周囲の子にそれとなく聞き出して情報を集めてから、被害者と加害者に色々な形でのメッセージを送り、自己修復できる場合はそれを手助けし、介入が必要な場合は速やかな解消を行います。
こうした解消のための行動は、傍観者にあたる層の生徒にも影響し、より信頼感を高める効果があります。
観察力の高い教師は、保護者との個別面談でも保護者が驚くほど、生徒のことを見抜いた話をしてきます。これも、こんなによく我が子を見てくれる先生なら信頼できると、保護者は協力的になるものです。
教員社会ではなく外の世界に友人が多い
教員社会には独特な特殊性があります。その世界だけにどっぷりと浸かっていては、一般感覚を失ってしまいます。
そんななか、私が見てきたいい教師は凝り固まった世界観の持ち主ではなく、異業種や学術的な研究などから教育的な刺激を受け、より広い視野と世界観をもっています。
そうした視野の広さは、大人の目線のみならず、子どもの目線を持つことにつながります。子どもと同じ目線で物事を見ることができるから、子どもは話が通じる先生だと認識するし、大人の判断も身につけているから成熟した善悪の判断ができるのです。
これをスキルで考えると、相当なベテラン教師を想像しがちですが、若い教師でもできる教師はいるんですよ。
ただ、そんな教師たちの特徴として、コミュニケーション能力の高さが共通してあります。例えば、本で知識を得るのみではなくフィールドワークを行ない体験的に知識を習得することを好みます。フィールトドワークをすることで、平面的な知識は立体的な経験へと変化し、より深い知識として習得することができるわけです。
こうした教師の授業は総じて面白いもので、学習意欲が湧かない子でも、あの先生の授業なら楽しく受けられると生徒たちの評判も高くなっていきます。
トラブル解決人といわれる先生の背景にあったもの
私が知るなかで最もすごい教員は、問題の多い学校を渡り歩くように移動している校長先生です。彼は、都内で最も荒れているという中学校をわずか2年で学習意欲が強い学校に作り変えてしまいました。
私が初めて視察に行った時は、割れた校舎の窓にダンボールが貼ってあり、廊下にはゴミが多く、いわゆる不良学生の典型のような子たちが教室に入らずに廊下やエントランスにたむろしている状態でしたが、2年後には窓ガラスは割れていないし、きれいに掃除されている学校になっていて、訪問してすぐに生徒たちが挨拶をしてくれました。
その頃には、すでに選択校として希望定員を超える応募がありました。彼がやったことは、ガラスを割った子がいれば注意し親を呼び弁償をさせること、善悪の判断をハッキリして、保護者を周って対話をしたり、校長室を解放して生徒と世間話をしながら、彼らの悩みを聞いたり、勉強を楽しいものだと自分も楽しみながら教えることでした。
それ以外にも生徒一人づつを全て覚え、その特徴や家族構成、今の課題を知っています。
もちろんいじめも毅然とした態度で小さい被害のうちに介入して、徹底的に芽を潰していきます。予防教育をしっかり取り組むので、いじめの定義やいじめが起きたときにどうすればいいのかなどの対処を全校生徒のみならず用務員のおじさんまで知っていました。
彼の考えは生徒が安心して通えることは、本来勉学をする学校の基礎中の基礎であるということです。そこには、学校に関わる人すべてとの信頼関係、幻想の生徒像ではなく現実の人として見た生徒との平等な対話とコミュニケーションが存在していました。
しかし、彼のような素晴らしい教師も初めからいい先生であったわけではありません。彼を取り巻く環境が真摯に生徒と向き合えるようにしたのです。いい先生は、保護者や生徒、同僚や上司が協力して作りあげていくのです。
特定非営利活動法人ユース・ガーディアン 代表。 1977年、東京都中央区生まれ、東海大学卒業。 2004年に、日本で初めて探偵として子どもの「いじめ調査」を行ない、当時ではまだ導入されていなかった「ICレコーダーで証拠を取る」など、革新的な方法を投入していき解決に導く。 それ以来、250件を超えるいじめ案件に携わり、NHK「クローズアップ現代」をテレビ朝日、TBSラジオ、朝日新聞、産経新聞他多くのメディアから「いじめ問題」に関する取材を受け、積極的に発言をし続けている。日本テレビ「世界仰天ニュース」でもいじめ探偵として取り上げられている。 著書に「いじめと探偵」 (幻冬舎新書 2013/7/28)。日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー、国内唯一の長期探偵専門教育を実施するT.I.U.探偵養成学校の主任講師・校長も務めている。