こんな時代だからこそ、子どもが自ら考え、自ら楽しむ力を育むことが大切/HILLOCK初等部校長・蓑手章吾
蓑手章吾
「学びは本来、自身の成長を実感できる楽しいもの」。そんな学びの原点に立ち返るため、14年間勤めた公立小学校を辞め、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校した蓑手章吾さん。コロナ禍が続く今、「さまざまな課題を大人と子どもが一緒に解決していくことが大切」と語ります。
できること、やりたいことを考えよう
公立小学校で14年勤務したのち、2022年4月、東京・世田谷区にオルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校した蓑手章吾さん。
公立校での教員時代には、ICTを活用した授業に率先して取り組み、授業の進度を学習者が自ら自由に決められる自己調整学習の手法である「自由進度学習」や、特別支援教育などさまざまな実践を重ねていました。
その最中、2020年3月には新型コロナウィルス感染症の流行により、突然の一斉休校。蓑手さんの学校では、ほぼすべての授業にICTを導入しており、休校中も子どもたちとオンラインでつながることができていました。
日々の学びを止めず、「公立小でもここまでできる」と、メディアなどを通してその取り組みが全国に発信され、多くの教員、保護者に希望の光を灯しました。
しかし、休校が明けてからも、子ども達の学びが以前と同じようにはならず、感染予防のため、学校現場ではあらゆる行動制限がなされたのです。
そんな中で、蓑手さんが子どもたちに呼びかけたのは、「君たちは6年生になり、卒業まであと約1年。これからあるはずの学校行事は、コロナの影響でおそらくできなくなるでしょう。でも、そこで泣き寝入りして、『修学旅行に行けなくてつまらない、悲しい』って言っても、何もいいことはないよね。この状況のなかで、できること、やりたいことを考えていこう」ということでした。
「子どもたちが考えたことが、本当に実現できるかどうか判断するためには、まずは子どもたち一人ひとりが、新型コロナウィルスや取り巻く状況と真剣に向き合うことが必要だと考えました」という蓑手さん。
「なぜ自分たちは修学旅行に行けないのか」を皆で考え、「同じ部屋に泊まったり、皆でごはんを食べたりすることで感染が広がるからもしれないから」などと意見を出し合い、「じゃあ、どんな行事なら、感染のリスクを減らしてみんなで楽しむことができるのだろう」と、さらに皆で考えたそう。
「子どもたちと対話を重ね、修学旅行に替わる学年行事として、夜、学校に集まってきもだめし大会を行うことになりました。ほかにも、校庭に一人ひとりテントを張って“学校キャンプ”というアイディアも出て1回はOKが出たのですが、結局実現できず…。
でも、それもこれも含めて、まさに“リアルな社会”ですよね。まずはコロナという“敵”を自分たちなりに知って、身の回りの情勢を知って、戦略を練っていく。このような取り組みが、本来の意味での学びにつながるのではないかと思います」
自分たちで世界を変えるという経験を
また、中止になった学芸会の代わりに、約1年かけて映画を作って全学年の児童に向けて上映会の開催も行いました。ほかにも「これまでのような運動会はできないけど、eスポーツならできるね」という子どもたちのアイディアから、教室のパソコンを使ってeスポーツ大会をしたり、「宿泊は無理だけど、皆で近くに出かけるならできるよね」と、日帰りで山登りに行ったり。
「例年どおりの行事や活動はできませんでしたが、子どもたち同士でアイディアを出し合い、友達同士で“非日常”を味わえるような取り組みがたくさんできて楽しかったし、面白かったですね。
コロナ禍が続いていますが、学校や地域の大人が『子どもたちがかわいそうだから』と、大人だけで集まって知恵を出し合い、イベントを行ったりなど子どもたちに“非日常”をプレゼントするのはとても素晴らしいし、子どもたちも喜ぶと思います。しかし、それらをやり過ぎてしまうと、子どもは、大人がやってくれるのを待つだけになってしまう。
一番大切なのは、子どもたちも、大人といっしょにコロナをはじめとする“今”と向き合い、『自分たちは何ができるのか』を考えること。必要に応じて大人のサポートを受けながら、それらにチャレンジして実現できたとき、『あ、世界は変えられるんだな』と実感することができます。
そのような経験を積み重ねることが、成長につながるのだと思います。こんな時代だからこそ、“だれかに楽しませてもらう”のではなく、“自ら楽しめる”力を育んでいくことが大切ですよね」
学べる環境を整えるのが大人の役目
「子どもが学びを楽しめる場」を実現してみたいという思いから、14年間勤めた公立小学校を辞め、同じ志をもつ仲間とともに、2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校した蓑手さん。
生徒募集は2021年6月から始めましたが、リアルで説明会や模擬授業を行う予定が、コロナの影響でことごとく中止に。
「新設校にとっては大ピンチだったのですが、資料や説明会はすべてオンラインに切り替え、本当は何度も行いたかった対面での模擬クラスも1人1回の限定としました。回数は限られてしまいましたが、子どもたちの特性は把握できましたし、少人数による座談会や個別相談会などをオンラインで何度も行うことで、子どもたちや保護者の方々と密にコミュニケーションを図ることができました」という蓑手さん。
オンラインになったことで、座談会や相談会は、子どもと母親だけでなく、父親、きょうだいまで“家族”で参加しやすくなり、新設校にとって、信頼度を得られやすい募集活動が実現したといいます。
終わりの見えないコロナ禍に加え、ウクライナ情勢など先行き不透明な今の時代、学校は、子どもたちにとってどんな役割を果たしていけばよいのでしょうか。
「世界はめまぐるしい勢いで変化しています。教科書に載っていることを教えることももちろん大切ですが、コロナにしろウクライナ情勢にしろ、世界で“今”起きていることにももっと目を向けていくことが大切だと思います。
ありとあらゆる情報をインターネットで収集できる今の時代だからこそ、“生きている歴史”と向き合うこと、そして、解決しないといけない課題を子どもの力を借りながら、大人と子どもが一緒に解決していくことができるようなシステムにシフトしていくことが必要なのではないでしょうか。子どもも社会の担い手なのですから」
そのためには、世界で今起きていることについて考えたり、対話をしたり、意見を表明したり、折り合いをつけたりする場をもっともつくってくことが必要不可欠です。
「コロナ禍が続き、リアルにコミュニケーションがとれないのであれば、オンラインで保証しながら対話できる場をしっかりつくってくことこそ、私たち大人がやらないといけないことだと思います。
知識のあるなしとか、偏差値がどうこうとか、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)で日本がどこに負けたとか、そういう思考をとりはらって、平和な世界を作れる担い手を育てていくためには何かできるのか。『そもそも学びって何だろう』という根源的な問いを含め、私たち大人が改めて向き合うべき時代にきていると思います」
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<取材・文/長島ともこ>
HILLOCK(ヒロック)初等部 校長。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。プログラミング教育で全国的に有名な前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。2022年4月、オルタナティブスクール・HILLOCK(ヒロック)初等部を開校。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)などがある。