不変に執着しないことで得られるもの、大切なものに気付くことができる/公認心理師・佐藤めぐみ
佐藤めぐみ
ソクたまの連載やソクたま相談室の専門家としてもおなじみの、公認心理師・佐藤めぐみさん。想像以上に長い期間翻弄されたコロナ禍により、母親たちの心の揺らぎを感じる場面は多くあったそう。公認心理師として、一人の母として、コロナ禍で感じたこととこれからの教育への思いについて話してくれました。
コロナ禍でも心穏やかでいられた理由は…
わが家は海外を転々としている駐在員ファミリーで、世界がコロナ禍に陥った2020年の3月はドイツに住んでいました。その後、2021年の夏までいたのでトータルで3年弱暮らしましたが、そのうちの1年半ほどがコロナ禍。わが家にとってはドイツ生活=“ほとんど家にいた”という印象です。せっかくの滞在期間、1回だけノイシュバンシュタイン城を訪れただけで、あとはずっと巣ごもり状態でした。
ただ、全く悲観的ではなく、むしろわが家にとっては充実した時間でした。当初、世界中でパン作りが流行りましたが、わが家も例外ではなく、夫はさらにパスタやうどんを打ったり、ラーメンをスープから作ったりと料理がすっかりマイブームに。このようにいい方に切り替えられたのは、長年の海外生活で「まあ、仕方ない」と割り切る術を知っていたからかもしれません。海外の生活は日本ほど便利ではないこともあり、もともと不便に慣れているのですが、この経験が今回役立ったような気がしています。
しかし、その後アメリカに転勤することが決まったときは、さすがにバタバタとしました。これまでも国を転々としてきましたが、今までは全てヨーロッパ。国の雰囲気や国民性に共通する部分もあったため、環境の変化に対するストレスはそれほど感じたことがなかったのですが、今回は初めてのアメリカ大陸。それに加えてコロナの心配をし続けての大移動ということで、不安や緊張の日々でした。引っ越しに際し、PCR検査や隔離など普段しないような経験を経たこともあり、家族全員が誰もコロナに感染せずにアメリカにたどり着いたときには本当にほっとしたのを覚えています。
この数ヶ月間の緊張が凝縮した出来事は、結果的にはわが家にさらなる結束をもたらしてくれたように感じています。駐在ファミリーは往々にして家族仲が良いことが多いのですが、きっとそれは家庭が絶対的な居場所になるからだと思います。日本では「今日は仕事で疲れたから飲みに行こう」というシーンもよくありますが、海外だとそういう場所もなく、夕食はいつも家族と一緒。そして週末も一緒。そこしか頼る場所がないといっても過言ではないので、自然と家族みんなで協調し合おうという気持ちが働きやすいのかもしれません。
学校の対応がロックダウンの緊張を和らげた
ドイツがコロナによる休校措置を取ったのは、2020年の3月16日。それからオンライン授業が続き、2021年の6月までで娘が学校に行けたのはたった5ヵ月ほどです。日本よりも厳しいロックダウンでスーパーと薬局しか開いていない状況でしたが、休校が決まって3~4日後にはオンライン授業が始まりました。
ロックダウンを想定した“オンライン学習チーム”が学校で既に形成されていたため、オンライン授業のスタートが非常にスムーズだったんです。
しかし、始まって数週間で、オンライン授業は子どもによって合う/合わないがあるということもみえてきました。
試行錯誤で日進月歩なドイツの“オンライン授業”
自制心や時間管理の力が弱かったり、家で集中するのが難しかったり、授業のキャッチアップができないというケースが見受けられたんです。これはもちろん、学力だけでなくその子の性格も関係していると思います。
そういったケースがあることから、学校側も保護者にアンケートを取って柔軟に対応し、解決策を提示してくれていました。ZOOMを使ったシンクロナス授業(通常授業)とアシンクロナス授業(課題に取り組む時間)の二つを並行して行うハイブリッド型授業を導入したり、「Google Classroom」などアプリ活用したりと、子どもたちの取り組みやすさを優先した改善が行われていました。
このような学校の対応は、ロックダウンで先行きの見えない不安を大きく払拭してくれました。当時のヨーロッパの感染状況はひどかったので、夫と決死の覚悟で買い物に行くという期間も長かったんです。この部分のピリピリ感はありましたが、子どものことは学校に安心してお任せできるため親の負担が少なかったと思います。
もちろん、オンライン授業が始まった当初はZoomのトラブルも頻発。でも、日本と大きく違うと感じたのは「失敗しても、みんな初めてだから仕方ないよね」という空気です。「何かあったら保護者に指摘されるかもしれない」という先生の空気がないんです。トライアンドエラーで柔軟に対応し、学校のオンライン化がどんどん進化していったイメージですね。
幸い、学校のオンライン化は娘のメンタルには良い方へ影響したようです。幼い頃から国をまたいでの引っ越しなどさまざまな経験をしている分、“これもアリ、あれもアリ”という思考が働く結果なのでしょう。娘は自分の置かれた場所で楽しみを見つけるのが上手なので、ストレスもたまりにくいようです。
クラスメイトとの交流ができないことでストレスを感じないだろうかと心配していましたが、「普段の学校よりお喋りできる」そうなんです。今までで一番の親友ができたのは、オンラインのおかげだとも言っています。放課後は習い事などそれぞれのスケジュールがあるため遊べないことが多いのですが、ロックダウン期間中は学校が終わってもオンラインをつなげたままにして、一緒に宿題に取り組んでいました。
2年にわたる非日常が生んだ親と子の悩み
日本の1日の感染者数が5000人という時、ドイツでは7万人。この状況で5000人に抑えられる日本は、やはりすごいと感じました。
日本の感染者数が世界的に見て抑え込むことができているのは、日本人の国民性に依拠する部分も大きいのではないでしょうか。“他者の目”や他者への思いやりの気持ちが、ワクチン以上に抑制効果をもたらしていると感じます。
ドイツは、罰金などのペナルティを課さなければルールを守らない人が少なくありません。アメリカに関してはまだ暮らし始めて間もないですが、「適当だなあ」「大丈夫?」と感じる面が多々あります。日本人は、多少不満があっても政府の指示に従うのが大多数。日本人の頑張りが、感染者数に表れている部分はあるのではないでしょうか。
一方で、日本人の気質により生じたムードが家庭に影響した面は多かったと思います。「ちゃんとしなきゃ」「感染したら、迷惑がかかる」「感染したら、どう思われるのだろう」という気持ちに追われ、いろいろな部分にストレスがかかったことはあるでしょう。
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佐藤めぐみさんへの相談ページを見てみる子育て相談を受けている中でも、母親たちの心が揺れているのは実感しました。そして、昨年と今年とでは悩みや不安といった心の揺れに違いが出ています。
昨年は、
- この状況が、子どもの将来に影響するのかという先行きが見えないことへの不安
- 修学旅行や卒業式といったイベントがキャンセルになり、思い出作りができないことへの心のダメージの懸念
- リモートワークで公私の切り替えが難しく、家の中が回らないといった悩み
といった相談が多くありました。
今年になってからは、コロナ禍がもたらした結果と思われる悩みが大多数。
- 生活が変化して、子どもが言うことを聞かなくなった
- わがままになった
- それに対し、尋常でない怒りが抑えきれない
という悩みが、非常に増えたのです。
“出かけられない”がゲーム依存と学校への行き渋りに
また、子どものゲームやYouTubeをはじめとするインターネットへの依存に関する悩みもかなり聞こえてきます。
休校期間中をはじめ、なかなか出掛けられずに自宅で過ごすことが増えましたよね。親も子どもと遊んだり相手をしたりといった時間には限りがあるため、ゲームやYouTubeに頼らざるを得ないこともあったでしょう。致し方ないことではありますが、インターネット環境に対する家庭での規制緩和が一気に進んだ節があります。
インターネットは、便利で良いツール。けれど、子どもはその良い部分と悪い部分を理解して使うのが難しいものです。ゲーム依存やYouTubeの繰り返し再生など、親が手を付けられない状況になっているというのは感じています。
ゲームやYouTubeの扱いは、初めの段階が重要になります。子どもに自己管理能力を求めたり、ネットリテラシーを自ら学ばせるのは至難の業。それゆえ、ゲーム機やタブレットを渡しっぱなしにするのは推奨できません。
私がいつもおすすめするのは、“親からのレンタル”にすること。もし、親同士で連携が取れるなら「夜の9時にスイッチを切ろう」と、共通のルールを作るのも良いでしょう。友達がゲームをしていたら、「僕もやりたい」となりますからね。
既に依存傾向にある場合は、急に取り上げてしまうのは子どもの心に大きな反発を生むため、逆に前に進みにくくなります。したがって、例えば1日5時間ゲームをしていたなら、4時間、3時間…と段階的に進めるのが現実的で、さらに深刻な場合は専門家に相談することも助けになるでしょう。
あとは子どもの学校への行き渋り、不登校への相談も増えました。オンラインという狭い中で生活したことに慣れてしまい、「学校に行きたくない」「学校に行くのが怖い」と感じるようになってしまう子が出てきたんです。
2年にわたる非常事態でたまったストレスが、いま表出してきているのだと感じています。
親の疲れは親子関係が崩れる原因に
悩みの種類は多岐にわたりますが、それがいずれも親、特に母親の疲れに反映してきています。
普段であれば習い事や学校で子どもたちのリズムが取れていますが、おうち時間が長くなることでどうしても乱れがちになります。また、母子で過ごす時間が長くなると、母親の疲れもたまるものです。初めは子どもの生活リズムが乱れないように管理していたはずが、子どもに駄々をこねられることが続くと少しずつルーズになってしまうということも往々にしてあるでしょう。そして、これが長期にわたり続くと子どもが家の中で権力を持つようになってしまうのです。
子どもが権力を持つことで親子関係のバランスが崩れると、親が叱るシーンも増えます。「怒りがコントロールできないくらい怒ってしまう。私、こんなに自分が怖い人だと初めて知りました」と話してくれたお母さんもいます。
また、他人の目を気にする日本人の性質も苦しさを増幅しているように感じています。休校期間が明けてから自主休校の選択をした家庭もあると思いますが、中には「先生に迷惑がかかるかも」「周りの人になんて言われるかな」と不安になって自分たちが希望する道を選べなかった人もいるのではないでしょうか。
あとは、ふだんならいい方に働くことも多い自分なりのこだわりも、コロナ禍のようなストレス状況では足を引っ張ってしまうこともあるようです。
これまで築いてきた自分のやり方やルーティンを変えるのに抵抗があるのは当たり前のこと。でも、あまりにも固執してしまうと疲れてしまいます。
「〇〇はないから、△△でもいいか」
「この方法がダメなら、別の方法を試してみようかな」
このように、「AがダメならB」「AがなしならBもアリ」と意識すると少し気持ちがラクになるかもしれません。
“オンライン”という道具を得られたことは大きな収穫
コロナというこれまでに経験したことのない事態により、世界中の誰もがつらい思いをしたことでしょう。けれど、“オンライン”という道具が増えたことは一つのメリットだといって良いのではないでしょうか。
勉強する場であると同時に社会性を育む場所であるのが、学校。だから、絶対になくなってはいけないものだと思っています。けれど、ドイツの学校では「何かあったときにオンラインをすぐに使えるようになったという意味では、大きな収穫だった」と話していました。また、病気などによる長期欠席や不登校に悩む子どもの道にもつながると思います。
全てがオンライン化されることには賛成できませんが、教育現場にある道具の一つとして今後もオンラインを活用していくべきだと思います。教育に限らず、このような事態がなければ考え付かなかったことにトライできたことは確実。教育の幅は広がったと思いますし、生き方や価値観の広がりにもつながったと感じます。
また、これまで学校に対して不満を感じることはあっても感謝の気持ちを感じることは少なかったかもしれません。普通の日々がどんなに有難いことなのか、子育てしていく中で学校という場、先生という存在がいかに大切なのかということに改めて気付かされた2年だったと思います。
公認心理師、オランダ心理学会認定心理士。欧米の大学・大学院で心理学を学び、「ポジティブ育児メソッド」を考案。現在は公認心理師として、育児相談室・ポジカフェでの心理カウンセリング、ポジティブ育児研究所での子育て心理学講座、メディアや企業への執筆活動などを通じ、ママをサポートする活動を行う。アメリカ在住。中学生の娘の母親として子育てにも奮闘中。