教育のオンライン化が進む時代だからこそ、うそをつかず本心で向き合うことが大事/教育YouTuber・葉一
葉一
教育YouTuberとして、子どもたちに勉強を教える動画配信をしている葉一さん。チャンネル登録者数は130万人を超え、「勉強が分かるようになった」という喜びの声が続々と寄せられています。リアクションが見えないネットの世界で授業を実践する葉一さんに、「いい先生」について話を聞きました。
目次
子どもは大人のうそを見抜く。だから僕はうそをつかない
明るく聞き取りやすい口調に一目で見て分かる丁寧な板書、そして10分程度にまとめられた簡潔な動画。教育YouTuber・葉一(はいち)さんのYouTube動画「とある男が授業をしてみた」は勉強が苦手な子どもの心をつかみ、学習の意欲へとつなげる工夫が凝らされています。勉強したいけれど学びにつながることができない、さまざまな事情を抱えた子どもたちに向けて制作された授業動画。折からのコロナ休校で、学校で学習することができなくなった子どもや保護者にとっても大きな助けとなりました。
いい先生。このテーマを聞いたときに、正直「うわあ、難しいなあ」と思いました。「いい先生って何だろう」って。
真っ先にパッと思いついたのが、“嘘をつかない先生”。
僕が教育YouTuberとして9年間活動してきた中で、最初からブレずに守ってきたことが“絶対に嘘をつかない”ということなんです。
子どもたちって、大人のうそを見抜くのが本当に上手。それはもう天才的なセンスで見抜いてきます。特に僕の授業は録画した動画を何度でも繰り返し見ることができるので、これはもう確実にうそがバレます。そして、うそがバレた途端に子どもたちはソッポを向いて話を聞いてくれなくなってしまう。だから、僕は絶対にうそはつかない。これは動画を見てくれる子どもたちへの僕からの約束です。
“先生嫌い”を変えた恩師との出会いが僕の原点
“うそをつかない先生”というのは、これは僕自身の経験が大きく影響しています。中学生のときに、先生という存在が大嫌いになってしまって…。心のこもっていない褒め方をする先生とか、上から目線で高圧的な先生とか、そういうのが本当に嫌だったんです。
ところが、高校でその後の人生を変えるくらい衝撃的な先生との出会いがありました。
その先生は、最初の授業で「お前らに好かれる気はサラサラない」って言ったんですね。怖そうだし、「これはもう、とんでもないハズレくじを引いてしまった」と入学早々、暗たんたる気持ちになったのを覚えています。けれど、実際に授業を受けてみると非常に分かりやすい!
先生は「黒板は一つの作品だ」と言っていたのですが、その言葉通り板書が本当にきれい。授業が終わったときに黒板を見れば、何を学ぶべき50分だったのかというポイントが明確に分かってスッキリするんです。質問に行っても、一度も断られたことはありませんでした。「いま忙しいから後で」と言われたことがなく、絶対にその場で質問に答えてくれるんです。
生徒に本心で向き合い、真正面から受け止めてくれる。そんな姿に強烈に憧れて、今でもその先生の姿を追いかけています。僕の恩師であり、理想ですね。
授業のやり方にベストアンサーはない!
僕の動画を見たことのある人は気付いているかもしれませんが、僕は板書に非常にこだわっています。これは恩師のまねで、板書を見て学ぶべきポイントが明確になることが勉強の理解の助けになると思っているからです。
また、あえて概念形成の部分を削ぎ落として解き方だけをシンプルに教えるという授業をしています。塾講師時代に出会った、勉強が苦手・嫌いだけれど親に嫌々塾に行かされている子どもたち。こういった子どもたちには概念形成を教えて勉強の本来の楽しさを知ってもらうよりも、まずは「勉強したら良いことがある!」という直接的な喜びを知ってもらうことが先決だと思ったんです。
僕の授業動画を見て分数の割り算ができるようになって、テストやドリルができて、親に褒められて「勉強したら良いことがあった!」「やればできるようになるのかも」「勉強って面白いかも」という小さな成功体験を味わってもらいたい。そこから、概念形成を含めた本来の意味での勉強への興味に広がっていけばいいと考えています。
動画を作るときに一番気を付けているのは、勉強が苦手な子でも飽きずに見ることができて、少なくとも最後の板書を見れば全部分かるという工夫です。けれど、授業のやり方にベストアンサーはないというのが僕の持論。
誰しも先生を目指した時、それぞれが思い描く“やりたい授業”というものはあると思うんです。それを具現化できるように工夫し努力することが、生き生きとした授業につながるのではないかと感じています。それが良い授業であり、「いい先生」につながるのではないでしょうか。
教育が変わっても、本質の幹となるのは学校の先生
先生たちもコロナ休校で子どもたちに会えない期間があり、非常に苦しかったのではないかと思います。僕も通常は一人で喋って授業動画を制作しているので、子どもたちの顔が見えない中でどのように伝えていけば良いか苦労してきました。
一方で、オンライン授業をはじめ授業の多様化も一気に進みましたよね。それまでYouTubeを見たことがなかった保護者も、コロナ休校で初めて僕の動画を知りYouTubeの活用法を知ったという人が多かったようです。YouTubeをはじめネット上のコンテンツに対して漠然と“好ましくないもの”と忌避していたけれど、「子どもに見せても良いものもあるんだな」という理解や歩み寄りを示してもらえたと感じています。
今後も教育のオンライン化が進んでいくだろうと思いますが、僕自身は自分の動画は教育のメインツールになるべきではないと考えています。
子どもにとっては、やはり学校を軸とした教育が太い幹であるべきだと思います。僕の動画は、そのサポートツールの一つに過ぎません。幹から出た枝葉なのか、幹を支える根なのか、はたまたその両方であってもいいなと思います。とにかく先生の授業にとって代わるものとしてではなく、授業の選択肢を広げるものとして活用してもらえたらうれしいですね。
中には、僕の動画を授業のツールとして活用してくれる先生もいます。例えば、計算のやり方の解説は僕の動画を生徒と一緒に視聴する。残りの時間で思考力を必要とする問題や探求学習など、学校の対面授業だからこそできる課題に取り組むといった活用法。僕の授業の最後の板書を、プリントして配布する先生もいました。先生のアイデアによっていろいろな使い方がされていて、これもまた僕にとってのモチベーションにもつながっています。
また、不登校で学校に行くことができない子どもの学びを支える選択肢の一つでもありたいんです。僕がYouTubeを始めた頃は、教育論やメソッドを語る動画はありましたが授業そのものの動画は見かけませんでした。「だったら、僕がやろう!」と。経済的な事情で塾に通えない子どもや不登校の子どもなど、勉強したいけれど学びにつながることのできない子どもに見てもらいたいと思ったのが、僕が動画を作り始めたきっかけのひとつです。
授業動画だけでなく、「オンライン自習室」というものも開催しています。オンラインでみんなと一緒の時間に勉強するのですが、それであれば不登校の子どもも参加できることもあるでしょう。そういった機会を今後も提供し、教育の選択肢を増やす取り組みをしていきたいですね。
“先生”が再び子どもたちの憧れの職業になることが僕の願い
今、先生に求められている役割が多岐にわたって細分化されていて、“とにかく大変な仕事”というイメージばかりが強くなっているように感じます。何より「子どもが将来なりたい職業ランキング」から“先生”が消えたのは、僕にとってもショックでした。
自分が二人の子どもを持つ親として保護者目線で「先生ってありがたいな」と思うのは、目の前の子どものことを本気で思ってくれているのが伝わってくること。それさえ伝わってくるのならば、先生としてもう十分な役割を果たしていると僕は思います。それ以外もそれ以上も、望んでいません。
教育YouTuberとして、たくさんの先生と出会う機会が増えました。僕が出会った先生たちは、99.9%子どものことを本気で思っているすてきな人ばかりです。保護者として、先生に多くを求めず先生の良いところに目を向けることも大切だと思っています。そして、そんなすてきな先生たちの紹介を発信することも、YouTuberとして僕ができることなのかもしれません。
<取材・執筆 小田マリエ>
東京学芸大学を卒業後、営業職・塾講師を経て独立。2012年にYouTubeチャンネル「とある男が授業をしてみた」を開設。小学校3年生から高校3年生対象の授業動画や、学生の悩み相談にこたえる動画を投稿している。チャンネル登録者135万人、再生回数は4億回を超える。著書に『塾へ行かなくても成績が超アップ! 自宅学習の強化書』(フォレスト出版)などがある。【葉一の無料オンライン授業 19ch.tv(塾チャンネル):https://19ch.tv/】